歴史的大転換点にある世界(1)

 世界は現在歴史的な大転換点に立っている。本記事ではこのテーマを取り上げて三部作で書く。第1部では何故そう考えるのか、現在進行中の代表的な大事件を取り上げて、空間軸と時間軸からその全体像を俯瞰してみたい。第2部では、何故それが起きたのか、その真相と本質について考察を加える。

 そして第3部では、ではそのような世界情勢において日本が果たすべき役割は何か、そのために日本はどう変わるべきかについて考えてみたい。ここでは現在を、明治維新とWW2敗戦に次ぐ第三の転換点と捉えて、歴史を踏まえて日本はどう変わるべきかについて考察を加える。

 途方もなく大きなテーマであり、細部に眼を奪われることなく、大きく俯瞰することを心掛けて、飽くまでも市井の個人の仮説として書くこととする。

はじめに

 2020年初頭にコロナ・パンデミックが発生し、2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。この二つの事件によって国際情勢は一変した。何よりもまず戦後確立されたと世界が信じてきた国際秩序が崩壊した。さらに事件の当事国に留まらず、世界各国の経済が急速に不安定化し悪化した。一言で言えば世界が一気に有事モードとなったのだった。

 それに加えて、長期的にみるとマグニチュード10級(以下、M10級)の危機が進行中である。(参照:https://kobosikosaho.com/world/947

 このように現在世界では複数の危機が同時に起きている。一体何が起きているのか、その正体は何かが分からなければ、どう対処すべきかが分からない。第1部では、まず現在進行中の事態をどのように理解すればよいのか、ここから分析を進めることとする。

 パンデミックは今回が初めてではない。過去にも繰り返し発現している。代表的なものは14世紀の欧州で大流行したペスト(黒死病)、次に第一次世界大戦時のスペイン風邪、そして最近ではSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)などだ。ちなみに日本で発生した代表的な事例には、奈良時代の天然痘と江戸時代のコレラがある。

 今回のコロナ・パンデミックが歴史上特筆すべき事例である理由は、人類史上初めて人為的な要因が絡んでいることだ。発生源を含めてどこまでが人為的だったのか、現時点で明らかになっていないが、今回のパンデミックは映画『インフェルノ』(原作はダン・ブラウン)が描いたバイオテロが近未来に充分現実化し得ることを示すものとなった。

 そして2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。世界が第二次世界大戦(以下、WW2)をもって終わったと思っていた20世紀型の戦争が再び起きたことは、現代人に衝撃を与えた。我々は今、WW2後に確立されたと思っていた国際秩序が音を立てて崩壊してゆく姿を眺めながら、「WW2の総括は未完だった」現実に茫然としているのである。

第1部:何が起きているのか(全体像を考える)

 前回の記事で「M10級の危機」について書いた。ここではそれを踏まえて現在進行中の代表的な8つの危機を取り上げて、考察を加えたい。

第1は「21世紀の戦争」である。現在アメリカはロシアと中国と二正面の戦争状態にある。

第2は「戦後の国際秩序の崩壊」である。安保理常任理事国のロシアが戦争を始めたことによって戦後に作られた国際秩序が崩壊した。

第3は「ドル覇権の終焉」である。アメリカはロシアに対し「ドルの兵器化」を含む制裁を科したが、これは諸刃の刃であり、ドル覇権の弱体化を自ら促進することになる。

第4は「アメリカ民主主義の崩壊」である。アメリカでは2020年の大統領選のときに一気に顕在化した崩壊が、2024年の大統領選挙に向けて加速している。

第5は「中国経済の崩壊」である。既に不動産バブルの崩壊が進行中であり、もし巨額の不良債権の処理に失敗すれば、金融危機に発展し、経済崩壊を引き起こす可能性が高い。

第6は「EUの停滞」である。EUはソ連邦崩壊直後に創設されたが、ウクライナ戦争後の国際情勢の激変を受けて一気に停滞モードに入った。

第7は「世界金融危機」である。世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返しながら成長してきたが、パンデミックとウクライナ戦争を契機とし、世界は金融危機・大不況発生前夜に陥った。

第8は「技術革新がもたらす危機」である。AIとバイオは核兵器に匹敵する破壊力を持つ可能性が高く、使い方を誤れば人類の存在を脅かす恐れがある。

<21世紀の戦争>

 アメリカは現在、ロシアと中国に対し同時二正面の戦争を戦っている。ロシアに対しては、ウクライナに武器を供与して20世紀型の戦争の長期化でロシアを疲弊させ、同時に「ドルの兵器化」を含む経済制裁を科している。

 中国に対しては、バイデン政権はトランプ前大統領が課した高関税措置を継承しつつ、ワシントン・コンセンサス(前記事参照:https://kobosikosaho.com/daily/928)を改定してデカップリングを進めている。何れも武器を使わず軍を動員しないものの、国家の弱体化を目的とした21世紀の戦争に他ならない。

 20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれた。そしてWW2をもって大国どうしが正面切って行う戦争は終わったと、世界中の誰もが信じていた。核兵器大国であるアメリカとロシア、中国が20世紀型の戦争を行うことはもはや起こり得ないのだが、21世紀型の形態に移行したことによって戦争が再発した。グローバル化が進んだ世界では、あらゆる手段を兵器化する戦争は、相手国の経済活動を標的とする破壊力が高い一方で、武器を使う戦争よりも実施に踏み切るハードルが低い。効果的な抑止力は、そのような戦争形態は必ず諸刃の刃となることだ。

 余談になるが、現在中国は科学的根拠を一切無視して日本からの海産物の輸入を一方的に禁止している。台湾有事に繋がるかどうかは別として、これも21世紀型の戦争の一手段、中国流に言えば「超限戦」の一つと捉えることができるのではないか。一方これは諸刃の刃なので、中国国内に相当な被害をもたらしていることが明白である。

<戦後の国際秩序の崩壊>

 安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したことによって、安保理は機能不全に陥った。その結果、政治・外交面でのG7の役割が重要になり、軍事面では休眠状態だったNATOがアクティブモードとなった。NATOは2023年にフィンランドの加盟が認められ31ヵ国に拡大し、さらに現在スウェーデンが承認待ちとなっている。ロシアはNATOの東方拡大を何よりも嫌っていた筈だが、ウクライナ軍事侵攻によってフィンランド、スウェーデンの加盟を招いたことは歴史的かつ致命的な大失敗だったと言えよう。

 ウクライナ軍事侵攻を契機として、中露が中核を占めるBRICSが拡大し、G20の活動が活発化している。従来BRICSは5ヵ国だったが、中露の働きかけの結果、2024年からアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦が参加し11ヵ国体制に拡大することが決まった。ウクライナ戦争を契機に国際安全保障の枠組みが多様化し、多極化している。

 WW2以降の国際秩序はアメリカを軸に変遷してきた。対立の構図の変遷を俯瞰すると、図のように表現できるだろう。

 WW2米ソ冷戦ポスト冷戦→米中新冷戦
対立の構図英米ソvs独日米国vsソ連米国一強→米国vs中国
戦争の狙い独日潰しソ連崩壊ロシアと中国の弱体化
<ドル覇権>

 1971年にニクソン大統領はドルの金兌換停止を宣言した。これはベトナム戦争による財政悪化の解決策として、大統領が議会に諮らずに発動した新経済政策だった。その後為替相場は変動相場制に移行し、大幅な円高・ドル安となり日本経済は大きな打撃を受けた。

 1973年には第一次オイルショックが発生し、世界的に原油価格が高騰した。財政赤字とドル防衛という二つの危機に直面したニクソン大統領とキッシンジャー国務長官は、1974年にサウジアラビアとの間で、ドル建て決済で原油を安定的に供給する代わりに安全保障を提供する協定(ワシントン・リヤド密約)を交わした。こうして原油の決済通貨となったドルが基軸通貨の地位を保持することに成功した。これをペトロ・ダラー・システム(以下、PDS)と呼ぶ。

 そして2022年にウクライナへ軍事侵攻したロシアに対する制裁として、アメリカは国際決済ネットワーク(SWIFT)からロシアの主要な金融機関を排除した。基軸通貨ドルを「兵器化」したのだが、これは「諸刃の刃」であり、今後決済通貨のドル離れに拍車をかける結果を招くだろう。

<アメリカ民主主義の崩壊>

 2020大統領選で大規模な選挙不正が行われ、さらに2021年1月6日に連邦議事堂への暴徒乱入事件が起きて以来、アメリカの議会制民主主義は崩壊の危機に瀕している。果たして選挙不正はあったのかそれとも陰謀論なのか、連邦議事堂への暴徒乱入事件は偶発的だったのか、それとも政治的に仕組まれた事件だったのか、さらには乱入したのはトランプ支持の過激派だったのかそれとも民主党系の過激派だったのか疑問は多い。但し本記事のテーマではないので、ここでは立ち入らないことにする。

 2024年の大統領選を前にして、バイデン政権はトランプ氏の大統領選出馬を阻止するため、トランプ氏の起訴を連発してきた。一方、今まで司法省やFBI上層部による妨害によって、何度も起訴が見送られてきたバイデン大統領次男のバイデン・ハンター氏がようやく起訴された。さらに共和党のマッカーシー下院議長はバイデン大統領の弾劾に向けた調査を行う委員会の設置を決定した。

 このようにアメリカ政治は泥沼化し、しかもかなり深刻化していると言わざるを得ない。ここには国際社会と同様の、かなり乱暴な権力行使の構図が見え隠れしている。

 ロシア産天然ガスをドイツに供給するノルドストリーム・パイプラインの爆破事件から1年が過ぎて、誰が実行した事件なのかについて報道が再燃した。しかしこの事件の構図は極めて単純である。初めに、当事者であるドイツとロシアは、損失が非常に大きいので犯人ではあり得ない。次に、ウクライナには得るものがないだけでなく、周辺国に悟られずに海底に敷設したパイプラインに爆薬を仕掛け、後日遠隔操作で爆破を敢行する能力があるとは思えない。

 従って、動機と能力を併せ持つのはアメリカのみである。政府が関与する事件の場合、歴史上の事例が示すように、最後まで白黒ハッキリすることなく、ウヤムヤのまま闇に葬られることになるだろう。しかしこの事件は、ウクライナへの軍事侵攻と同等に、国際秩序を破壊する行為であることは言うまでもない。

<中国経済の崩壊>

 中国経済の崩壊が始まっている。2020年12月、格付け会社フィッチ・レーティングスは、中国恒大集団が部分的なデフォルトにあると認定した。中国恒大集団は2023年8月17日にニューヨークの裁判所に米連邦破産法の適用を申請した。不動産最大手の碧桂園も資金難によるデフォルト危機に直面している。9月19日には融創中国が米ニューヨークで破産法の適用を申請した。

 このように中国ではGDPの1/4を占める不動産業界のバブル崩壊が深刻化している。ウォールストリートジャーナル紙は9月20日に、「中国の民間巨大開発業者の時代は終わった」とし、「中国人の富の大部分が崩壊する可能性があり、彼らがパニックになるのを防止するにはどうすべきか。それは簡単ではない」と警告する記事を発表した。

 さらに9月20日のフォーブズ日本版は「中国共産党の正統性は5%を優に超える経済成長率にかかっている。2022年の3%という経済成長率は、中国のような規模や発展レベルの経済にとって景気後退の領域に入るものだ。」と分析している。

 ちなみにIMFが発表した中国の経済成長率は、コロナ前の2019年が5.95%、コロナが始まった2020年が2.24%、2021年が8.45%、2022年は2.99%だった。2021年の伸びはゼロコロナ政策による前年度の落ち込みに対する反動と考えられる。2022年の数値はパンデミックから未だ立ち直っていないことを物語る。そして今までに公表された2023年の諸経済指標は何れも惨憺たる値であり、客観的に考えれば2023年はマイナス成長である。

 「中国の統計では3割水増しは常識である」と言われる。中国経済の崩壊は既に始まっているとみるべきだ。ゼロコロナ政策の致命的な失敗を契機に40年に及ぶ経済成長期が終わり、「中所得国の罠」を克服できないまま経済が失速した。急速な少子高齢化と不動産バブルの崩壊が同時に進行していて、1000兆円を優に超える不良債権が残された。習近平国家主席の目論見は破綻し、中国経済のみならず共産党一党支配も崩壊の危機に直面していると見るべきだ。

<EUの停滞>

 EUは1992年に統合され、1999年に統一通貨ユーロが誕生した。EU経済のエンジン役ドイツは強いユーロによって安価な天然ガスをロシアから調達し、中国との関係を密にして経済成長を実現した。それがウクライナ戦争が起きて独露間の蜜月関係は終焉を迎えた。さらにアメリカからの対中デカップリングへの参加要請を受けて、中国との関係も急速に冷え込んだ。こうしてポスト冷戦時代の「強いユーロ、豊富で安価なロシア産エネルギー、巨大市場中国」というドイツの成長モデルが機能しなくなった。

 ロシア特命全権公使、ウズベキスタン・タジキスタン特命全権大使を歴任した元外交官の河東哲夫氏は、現代ビジネスの9月29日の記事で次のように書いている。

 「ユーラシア大陸を巡って米国の力は低下し、中国は停滞、ロシアは衰退し、インドとトルコの力が上昇している。欧州は目下停滞している。2020年1月31日のブレグジットで英国がEUを離脱したために、EUのGDPは15%減少し、EU経済のドイツは再び≪欧州の病人≫となった。ウクライナ戦争で欧州はロシア軍を追い出す力もなく、和平交渉に向けてウクライナを説得する力もない。一方東欧、北欧、バルト三国はロシアの復讐主義の脅威に晒されている。」と。 

 さらに加えれば、ウクライナ戦争を契機としてEUの分断が進んでいる。まず増加一途の移民難民に寛容な西欧加盟国と、拒否する東欧加盟国で意見が対立している。加えてウクライナ戦争後のエネルギー危機に対し、経済力に任せて対処した西欧諸国とそれができない東欧・南欧加盟国の間で軋轢が生じ、一枚岩だったEUの連帯に亀裂が生じている。

<世界金融危機>

 世界の主要国で金融危機がくすぶっている。前述したように、中国の不動産バブル崩壊は巨額の不良債権の処理を誤れば、たちまち金融危機へと発展する危険性が高い。そしてもし金融危機が起きると、経済成長の落ち込みがさらに深刻化し、さらに低成長が常態化するようだと共産党政権の正統性に波及して一党独裁政権が倒壊する危険性が高まる。

 アメリカ発金融危機も懸念される。これには主に二つの原因がある。一つはアメリカがドルを兵器化したことによって決済通貨の多様化が進みドル覇権体制が揺らぎ始めたことだ。他一つは8月2日に米財務省が今後1年間に国債発行を6割増とすると発表したことだ。これはバイデン政権が行った大型財政政策のツケであり、今後の長期に及ぶ構造的な金利上昇要因となる。

 1987年に起きたブラックマンデーは長期金利の急落が引き金になって起きた。今後長期金利がさらに上昇する展開となると、機関投資家が債券の見切り売りに転じてブラックマンデーの再来を招く恐れがあるという。(参照:市岡繁男、JBPRESS、9月2日)

 WW2後の歴史において、バブルとバブル崩壊はスパイラルを描きながら繰り返されてきた。1970年以降世界で発生したバブルは130回に及ぶという。バブル崩壊も、金融資産が増えた近年以降頻繁に起きていて、政府と中央銀行による金融引き締め政策(金利の引き上げ)が誘発している。

 そのメカニズムはこうだ。まず中央銀行が行う金融緩和・低金利と、政府が行う財政出動が市場に豊富な資金を提供する。次にそれが過剰流動性を起こし、世界各地で投機が過熱してバブルを引き起こす。バブルが過熱すると、インフレや投機熱を下げるために中央銀行が一転して金融引き締め(つまり長期金利の引き上げ)を行うので、未来の暴落を警戒する投資家が先を争うように債券や株式、土地を売却し、加熱が一気に覚めてバブルは崩壊する。

 バブル崩壊が起きると銀行破綻の連鎖が起きないように、政府・中央銀行は巨額の資金を投入するのだが、それが次の更に大きなバブルの原因となるという訳だ。しかもサイクルを繰り返す内に、バブルの規模は増大していく。この問題の本質は、いつの間にかバブル依存となった経済成長にある。

 トランプ前大統領は9月8日に行った演説において、次のように発言した。「私たちは恐らく大恐慌に向かっている。こんなことを言ったのは初めてだ。唯一の問題は、それがバイデンの任期中に起きるか、自分の任期中に起きるかだ。」

<技術革新がもたらす危機>

 政治経済における危機とは別に、人類は技術革新(以下、TI)がもたらす危機に直面している。特にAIとバイオは核兵器に次いで人類を脅かすテクノロジーとなる可能性が高い。

 北海道大学の小川和也客員教授は、著書『人類滅亡2つのシナリオ、AIと遺伝子操作が悪用された未来』の中で、「この2つの技術は、我々の根源である知能と生命に直接的に大きな影響を与えるため一層輝かしく、その一方で従来の技術とは異質の脅威、闇を作り出す潜在力も持つ。」と警鐘を鳴らしている。

 人類は宇宙と生物、物質を解明する科学を発展させ、TIを次々に起こしながら社会を発展させてきた。歴史において、農業革命、産業革命、IT革命を生み出し、現代の最新のテクノロジーはAI革命やゲノム革命を起こしつつある。ここで注目すべきことは、TIの歩みは非線形であり、時間の経過とともにより破壊的に、より急激になっていることだ。

 しかしいつの時代でも、またどのテクノロジーもがそうであったように、TIは常に諸刃の刃であった。現在進行中のAI革命とゲノム革命が、従来のTIを凌駕する変化をもたらすことは間違いない。TIがより破壊的になることは、既に核兵器の登場が証明しているように、使い方を誤れば人類の存続をも脅かすということだ。映画『ターミネーター』はAI搭載ロボット、『ダイハード4』はサイバーテロ、『インフェルノ』は人口削減を狙ったウィルステロを主題としており、何れも近未来に起きる危機を予告するものとなっている。

 周知のように、生物は約38億年前に地球上のどこかで発生し、進化と絶滅を繰り返してサピエンスに辿り着いた。生物進化の歴史では大量絶滅が少なくとも5回起きたことが解明されているが、絶滅を起こした原因として、大規模な火山噴火による寒冷化、酸素濃度の激減、それと巨大隕石の衝突が想定されている。

 AIが進化して核戦争の引き金を引く可能性、人工的に作られたウィルスが人工的にばら撒かれて人類を壊滅させる可能性など、史上6回目の大量絶滅は、破壊力を増すTIに対し、それを統制するガバナンスが追いつかないためにもたらされる可能性がある。

 第2部では8つの危機が何故起きているのかについて考察を加える。

ウクライナ戦争の深層(3)

ノルドストリーム爆破事件

 2022年9月26日にバルト海の海底に敷設されていた、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプライン4本の内3本が爆破される事件が起きた。犯人はウクライナ戦争当事者のロシアでもウクライナでもない。被害が甚大で何の得にもならないからだ。では誰が何のためにこんなことをしたのか?

 米国の著名なジャーナリストであるSeymour Hersh(以下、ハーシュ)が『米国はどうやってノルドストリームパイプラインを破壊したのか(How America took out the Nord Stream Pipeline)』という記事を2月8日の自身のブログに投稿した。

 ハーシュは、外交・軍事に関わる報道でピューリッツァー賞などを受賞した米国のジャーナリストで、ベトナム戦争のソンミ村虐殺事件、アブグレイブ刑務所における捕虜虐待事件、大韓航空機事件等のスクープ記事を書いている。

 第3部でははじめにハーシュ記事の要点を紹介し、分析を加える。論点を三つに分けてハーシュの記述を引用する。

そもそもバイデン政権はノルドストリームをどう認識していたのか

≪バイデンはNSを、プーチンが野望を実現するために天然ガスを兵器化する手段とみなしていた。≫

President Joseph Biden saw the pipelines as a vehicle for Vladimir Putin to weaponize natural gas for his political and territorial ambitions.

≪バイデン政権の外交政策チームである、国家安全保障補佐官ジェイク・サリバン(Jake Sullivan)、国務長官トニー・ブリンケン(Tony Blinken)、国務次官ビクトリア・ヌーランド(Victoria Nuland)は、当初からNS1は西洋優位に対する脅威(a threat to western dominance)となると認識していた。≫

≪NS1はNATOとワシントンにとって既に十分危険だった。2021年9月に完成したNS2が稼働すれば、ロシアは新たな収入源を獲得し、ドイツと西欧へ供給する低価格の天然ガスが倍増し、欧州のアメリカ依存が低下する。≫

≪バイデン政権は、安い天然ガスに依存するドイツや他の欧州諸国が、ウクライナに対し資金と武器を供給することを拒むことを恐れていた。≫

爆破作戦はどのように実行されたのか

≪2021年12月に、サリバンは統合参謀本部、CIA、国務省、財務省から新たに編成したタスクフォースを招集して、プーチンの差し迫った侵攻にどう対処するか提言を求めた。≫

≪やがてCIAメンバーはパナマシティの深海ダイバーを使ってパイプラインに極秘裏に爆発物を仕掛ける計画を提言した。≫

≪作戦計画を具体化する段階からアメリカはノルウェーと組んだ。そもそも現在NATOの最高司令官を務めるイェンス・ストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)はノルウェーの首相を8年務めた人物である。地理と経験、能力などの点でもノルウェーは絶好のパートナーだった。さらにノルウェーには、アメリカがNSを破壊してくれれば、ノルウェー製の天然ガスを欧州に提供できるという目論見もあったろう。≫

≪ノルウェー海軍は、作戦実行のための重要な課題に対し、次々と的確なオプションを用意した。爆破に適した場所、周辺国に察知されないこと、爆破時期をいつにすべきかなどだ。周辺国からカモフラージュするために、アメリカ第6艦隊が主導して毎年実施しているBALTOP22(Baltic Operations 22)の中で爆薬をセットすることが決まった。そして6月にパナマシティの深海ダーバー達がパイプラインに高性能爆薬C4を設置した。≫

≪爆破のタイミングは犯人の特定を困難にするために、ワシントンが選択できるようにし、それまでに誤動作しないよう技術的な工夫がなされた。≫

≪2022年9月26日にノルウェーのP8偵察機が定期飛行を行い、ソナーブイを落下させた。2~3時間後に高性能爆薬C4が起爆され、4本のパイプラインの内3本が爆破された。≫

On September 26, 2022, a Norwegian Navy P8 surveillance plane made a seemingly routine flight and dropped a sonar buoy. A few hours later, the high-powered C4 explosives were triggered and three of the four pipelines were put out of commission.

アメリカ犯人説の根拠

≪ロシアがウクライナに軍事侵攻をする2週間ほど前の2月7日に、ドイツのショルツ新首相がホワイトハウスを訪問した。記者会見の席でバイデンは傲慢にもこう言った。「もしロシアが進行すればNS2はもうない。我々が終わりにする。」と。≫

Biden defiantly said, “If Russia invades . . . there will be no longer a Nord Stream 2. We will bring an end to it.”

≪その20日前には、国務省でのブリーフィングで、ヌーランド国務次官が少数のマスコミ関係者の前で、質問に答えてこう述べた。「はっきり言うと、ロシアがウクライナに侵攻すれば、何らかの方法によりNS2が前に進むことはなくなるでしょう。」≫

“I want to be very clear to you today,” she said in response to a question. “If Russia invades Ukraine, one way or another Nord Stream 2 will not move forward.”

≪バイデンとヌーランドが軽率な発言を行ったことにより、パイプライン爆破作戦がもはや秘密作戦ではなくなったとCIA高官は心に決めた。≫

≪爆破後、アメリカのメディアは不可解な謎だと扱った。ロシア犯人説も繰り返し浮上したが、ロシアにとって甚大な損失でしかないことに対する明確な動機を見つけられなかった。かつてバイデンとヌーランドが行ったパイプラインに対する脅威発言と結びつけて詮索しようとする大手新聞は現れなかった。≫

≪爆破後の9月30日の記者会見の場で、ブリンケン国務長官は次のように述べた。「西欧のロシアへのエネルギー従属を取り除き、プーチンにエネルギーの兵器化を断念させる上で、一度きりで絶好の機会が訪れた。西欧のさらに言えば世界の市民が重荷を背負わないために、これがもたらす全ての結果について、我々にできることは全て行うことを決意した。」≫

“It’s a tremendous opportunity to once and for all remove the dependence on Russian energy and thus to take away from Vladimir Putin the weaponization of energy as a means of advancing his imperial designs. That’s very significant and that offers tremendous strategic opportunity for the years to come, but meanwhile we’re determined to do everything we possibly can to make sure the consequences of all of this are not borne by citizens in our countries or, for that matter, around the world.”

≪2023年1月末に開かれた上院の外交関係委員会における証言で、ヌーランドはテッド・クルーズ上院議員に対し次のように述べた。「あなたと同じように、バイデン政権はNS2が今や海底で金属の塊と化したことに大変喜んでいる。」≫

“Like you, I am, and I think the Administration is, very gratified to know that Nord Stream 2 is now, as you like to say, a hunk of metal at the bottom of the sea.”

アメリカはなぜこのような暴挙を実行したのか

 NSが爆破されたのは9月26日だった。バイデン大統領がショルツ首相に「ロシアがウクライナに侵攻すればNSは終わりだ」と予告したのが9月7日で、ブリンケン国務長官が「爆破したことで欧州のロシア依存を終わらせ、ロシアのエネルギーの兵器化を阻止した」ことを宣言したのが9月30日だった。

 この事実を時系列に並べるだけでも、大統領が予告し国務長官が成果報告した形をとっており、実行したのがアメリカであることは疑う余地がない。

 しかし、ロシアのウクライナ軍事侵攻は国際法に違反する重大な犯罪であると非難する一方で、自らは他国が敷設したインフラを勝手に爆破する行動をどう解釈すればいいのだろうか。

 アメリカはウクライナ戦争を直接戦っている当事国ではないが、武器や情報の供与など間接的には深く関与している。またプーチンが避難したように、アメリカはイランのスレイマニ司令官をバクダット近郊で殺害している。アメリカの視点に立って考えれば、NS爆破は「世界の警察官」の行為として正当化されると考えているのだろう。

 今年2月21日に行われた年次教書演説で、プーチンは<だが我々の背後には全く別のシナリオが用意されていた。ドンバスでの平和を実現するという西側の指導者の約束は真っ赤な嘘だった。>と発言している。「全く別のシナリオ」とは、ロシアに軍事侵攻させてロシアを滅ぼす作戦を始めることを指していると解釈される。この視点に立って考えてみると、NS爆破はこのシナリオの一環として手順を踏んで実行された作戦だったことになる。プーチンを煽って軍事侵攻させ、それを理由に協力関係を強化しつつあった欧州-ロシア関係をリセットしたということだ。

 そう考えると、NS爆破はもはや秘密作戦ではなく、予告することによって全ての責任はプーチンにあると位置づけることにアメリカは成功したことになる。

 以下では、第1部及び第2部と上記爆破事件を踏まえて、ウクライナ戦争の深層について総括してみたい。

繰り返されたシナリオと工作

 第1部で、「世界の歴史には、意図的に戦争や革命を起こし世界を不安定化させて大きく儲けようとする集団が存在した。・・・第二次世界大戦からアラブの春に至る事件は、自然発生したのではなく巧妙に仕組まれ挑発された結果だった。」と書いた。

 今回のウクライナ戦争においても、英米は歴史上の事件と同様に巧妙なシナリオを用意し、さまざまな工作を行ったと考えるべきだろう。第2部で紹介したように、プーチン自身が「全く別のシナリオが用意されていた」と述べていることがその証左だ。推察するならば、そのシナリオとは「ロシアにウクライナへ軍事侵攻させておいて、それを口実にロシアを潰す」ことだったのだろう。そしてNSパイプライン爆破はそのための工作の一つとして実行されたのだった。

 また第2部で、「ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。第一層はロシア対ウクライナの地上戦、第二層はロシア対 NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、そして第三層はロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。」と書いた。

 バルダイ・クラブや年次教書演説の発言を文字どおりに受け止めれば、プーチンは第一層の戦争を始めたのであって、第二層及び第三層は視野の外だったことを告白している。それに対してアメリカはNS爆破作戦を実行してプーチンを第二層の戦争に引きずり込んだ。これがプーチンの言う「別のシナリオ」の意味だったと解釈される。

制裁は諸刃の刃

 アメリカはロシア潰しのシナリオの一環として、強力な経済制裁と金融制裁を実行した。しかしながら、プーチンがバルダイ・クラブで述べたことが虚勢でなければ、今のところアメリカが期待した顕著な効果は現れていないことになる。核兵器保有国でエネルギー資源大国というロシアは相当タフだからだ。

 そもそも対ロシア制裁は諸刃の刃だった。制裁が長期化するほどロシアは弱体化してゆくだろうが、制裁には強い副作用があり、ロシアをグローバル経済から締め出す一方で、ベラルーシやイラン、中国やインドなど制裁に加わらない国々とロシアの経済交流を活発化させるだろう。即ち制裁は世界経済のブロック化を推進するということだ。

 さらに金融制裁としてアメリカはロシアを国際銀行間金融通信協会(SWIFT)から締め出した。肉を切らせて骨を断つ手を打ったと言われるが、エネルギー取引という西側には封じ込めできないドアが開いているので、ロシア産石油や天然ガスのドルを使わない決済が拡大してゆくだろう。

 アメリカはドルの金兌換を停止したニクソンショック後に、キッシンジャーが画策して石油取引の決済をドルで行う「石油ドル本位制」(Petrodollar System, PDS)を確立した。ドル決済が減ればドル覇権体制の弱体化が進む。これはウクライナ戦争の長期化は、ロシア経済の弱体化とドル覇権体制の弱体化の何れが先に深刻化するかの体力勝負となることを意味する。

多極化かアメリカ1強体制の維持か(プーチンが提起した問題)

 プーチンは、我々は「多極化かアメリカ1強体制の存続か」という歴史上の分岐点に立っていると指摘した。

 ウクライナ侵略に対する国連の対露制裁決議が昨年3月2日~今年2月23日の間に6回行われている。その結果はロシアに対する制裁が厳しいほど反対や棄権が多く、6本の制裁決議の内、包括的で緩やかな決議4本では、賛成141~143ヵ国、反対5~7ヵ国、棄権32~38ヵ国だった。逆に具体的で厳しい制裁の決議2本では、賛成93~94ヵ国、反対14~24ヵ国、棄権58~73ヵ国だった。

 少々乱暴だが、賛成派は当面アメリカ1強体制の維持を支持し、反対派は多極化を支持し、棄権派は態度保留とみることができるだろう。ここで重要なのは、国連加盟国193ヵ国の7割を占めるグローバルサウスが「多極化かアメリカ1強体制維持か」の動向を左右することだ。

 かつてオバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と発言したが、その背景にはアメリカの弱体化が進んでいる現実がある。ウクライナ戦争において、アメリカはロシアによるエネルギーの兵器化を阻止することに成功した一方で、自らはSWIFTからの追放を制裁手段として使った。これはアメリカのドル覇権を弱体化させる自殺行為でもある。

 もしロシアの弱体化が先に顕在化すれば、ウクライナ戦争は終結に近づくだろう。逆にもしドル覇権の弱体化が先に顕著になれば、アメリカの思惑とは逆に多極化が進むことになる。

 ここで一つ疑問がある。一体アメリカは1強体制を維持したいのか、それとも多極化を進めたいのか、アメリカの本音は何処にあるのだろうか。バイデン政権、民主党、ネオコンは1強体制の存続を志向し、一方金融資本家は世界が不安定化し多極化が進むことを志向していると思われる。アメリカは一枚岩ではないのだ。

岐路に立つアメリカ

 これまでにバイデン政権は、自殺行為になりかねない極めて乱暴な手段を実行してきた。一つは2020年の大統領選でなりふり構わず大規模な組織ぐるみの選挙データの改ざんを行って、大統領のポストを奪い取ったことだ。これはアメリカの民主主義を否定する暴挙だった。不正選挙を信じていない人も多いかもしれないが、この件については、第1部で引用した『謀略と捏造の200年戦争』の中で、渡辺惣樹が次のように端的に述べている。

 ≪前回の大統領選でバイデンは8100万票を獲得しました。トランプが7400万票です。(それ以前の選挙で)オバマでさえ6900万票、ヒラリー・クリントンでも6500万票しかない。何故人気のないバイデンが8100万票という歴代1位を得ることができたのか。(選挙不正を)陰謀論と批判するなら、この選挙結果を合理的に説明してほしい。≫

 2020年の大統領選挙の真相は、何が何でも民主党に政権を奪還させるシナリオを作り、実際に大規模な選挙データの改ざん工作を指揮し、資金提供したアクターが存在したことにある。バイデン自身は民主党候補の中で最も扱いやすい候補として選ばれた役者だった。そしてバイデンに8100万票もの得票を与えた勢力が民主党を担ぎバイデンを担いだのである。

 もう一つの乱暴な行為は、言うまでもなく強引にNSパイプラインを爆破して欧州とロシアの連携にピリオドを打ったことである。これはどう考えても「世界の警察官」が自ら犯罪の首謀者になる暴挙だったという他ない。

 そもそもアメリカは何故ロシアを潰すことを画策したのだろうか。完成したNS2が稼働すれば欧州とロシアはエネルギー調達を介して連携を強めることになり、相対的に欧州とアメリカの連携が弱まる懸念があったことは明白だ。加えて中国との全面衝突がカウントダウンとなり、その前にロシアを潰しておこうという計算が働いた可能性もある。

 もしロシアが弱体化しウクライナ戦争終結の目途が立てば、アメリカは次に中国に対するシナリオを全面的に発動させるだろう。但しその場合、アメリカは今回よりも数段タフな戦いを強いられるに違いない。何故なら中国は国力の点でロシアよりも遥かに規模が大きく、しかも中国は今回の事件から多くの教訓を学び取っており、さらにドル覇権は現在よりも確実に弱体化しているからである。

リアクション

 ここまで述べてきたように、バイデン政権は、アメリカ国内及び国際社会において、民主主義と国際秩序を自ら破壊する行動をとってきた。そうしなければバイデン政権は誕生しておらず、ロシアをここまで追い詰めることはできなかったのかもしれない。しかしアメリカ1強体制を強化する行動をとったようにみえて、結局は多極化を進める結果を招くことになるのではないだろうか。また短期的には見事に作戦が成功したように見えても、やがてその大きな代償を払わなければならない局面が確実にやってくるだろう。

 暴挙に対するアメリカ国内及び世界の世論からのリアクションを軽視すべきではない。その最初のリアクションが2024年の大統領選挙に向けてアメリカ国内で顕在化してくることは間違いない。そして2024年の大統領選挙では前回以上に民主党に対し強い逆風が吹くだろう。共和党は不正の再発防止策を講じるだろうし、もし再び民主党が同等の不正を行うようなことがあれば、国内の分断は危険水域を超えるだろう。

 ウクライナ戦争を歴史軸の中で捉え、当事者であるプーチンとバイデンの言動を踏まえて戦争の深層について考察してきた。過去の戦争や革命と同じように、今回も用意されたシナリオがあり、挑発されて起きたことが明らかになった。今回のウクライナ戦争で米国が用意したシナリオはロシアを潰すことを目的としたものであり、経済制裁、金融制裁に加えてNS爆破というかなり荒っぽい工作が次々に実行された。

 一つ解けていない謎があった。それはバイデンが何故このタイミングを選んだのかということだった。ここまで書いてきて気が付いた。それはバイデンの任期である。2020年の大統領選挙で相当荒っぽい不正選挙を敢行した勢力には、2024年の大統領選では相当のリアクションが起きて共和党が政権を奪い返す可能性が高いことを承知していた筈だ。そう考えると、バイデン政権の2年目の早い時期にウクライナ侵攻を起こさせ、手荒な工作を行ってでもロシアを潰す目途を付けておく必要があったということだ。

ウクライナ戦争の深層(2)

ワシントンサイドの視点・論点

 ウクライナ戦争が起きた原因について、米スタンフォード大学フーバー研究所のシニア・フェローであるラリー・ダイヤモンド教授は次のように述べている。(ダイヤモンド・オンライン、2023.2.16、https://diamond.jp/articles/-/317665)

<プーチンは国粋主義者だ。ウクライナを独立国家ではなくロシアの一部とみなしている。旧ソ連構成国を傘下におき、ロシア政府の意のままに従わせたいと考えている。そして、ロシアの偉大さを取り戻すためなら他国の犠牲も厭わない。>

<我々は第二次世界大戦後に築いた世界-主権や人権の尊重、国境不可侵-の中で生きている。ロシアによってそうした世界が侵害されているのを目の当たりにしながら、ただ手をこまねいている訳にはいかない。ロシアのウクライナ侵攻を看過すれば他の独裁国家がさらに憤慨に満ちた武力行使を行いかねない。だからこそ我々先進民主主義国家が団結したのだ。>

 これは典型的なワシントンサイドの見解だ。

 第1部で歴史を概観したように、歴史上の重大事件を評価するにあたっては、少なくとも次の二点を押さえる必要がある。第一は、重大事件は必ず歴史に綴られた因果関係の連鎖の物語の一幕として発生していることだ。そして第二は、重大事件においては裏舞台でアクターによる工作が行われた可能性が高いということだ。この二点を押さえずに断定すれば、プロパガンダ戦の一翼を担ってしまう可能性すらある。

 ラリー・ダイヤモンド教授はこうも述べている。

<プーチン大統領は、ロシアを再び世界の超大国にしたいという野心と欲望に取りつかれる一方、国内の課題を前に疑心暗鬼に陥った。そして、自国の独裁体制や汚職から国民の目をそらすべく、2014年にウクライナのクリミアを併合し、親ロ派を支援して東部ドンバス地方の大半を支配下に収め、2022年2月にはウクライナに破滅的な戦争を仕掛けるという、国際的な侵略行為と領土拡大に走ったのだ。>

 いかなる歴史があろうとも、ロシアが独立国の主権を侵害して軍事侵攻したことも、それを命令したのがプーチン大統領であることも否定できない事実である。独立国に対する武力行使は国際法違反であり、安全保障理事会の常任理事国のポストを放棄することに等しい蛮行であることは言うまでもない。

プーチンの視点・論点(バルダイ・クラブでの発言)

 2022年2月24日にロシア軍が軍事侵攻を開始する前に、バイデン大統領が執拗に「プーチンはウクライナに侵攻する」と述べていた。そしてキエフに向けて軍事侵攻を開始したロシア軍が初戦から躓いたのは、英米両国からの全面的な支援を得たウクライナ軍が待ち構えていたからであった。

 ロシア側は英米の動きについて十分に把握していたと考えられるが、問題はプーチン大統領がどのような認識と理解のもとに軍隊を動かしたのかにある。これを知る手掛かりは、プーチンが語った言葉の中に見つけることができる。

 2022年10月末にモスクワ近郊で『バルダイ国際討論クラブ(the Valdai International Discussion Club)』が開催された。今回で19回目の開催で4日間の日程で行われたという。今回のテーマは、『覇権主義後の世界、万人のための正義と安全保障(A Post-Hegemonic World: Justice and Security for Everyone)』だった。恒例に従い、会議の最終日にプーチン大統領が登壇して1時間を超える演説を行い、その後に2時間半にわたって会場との質疑応答に応じている。

 会議でプーチン大統領が語った内容については、以下のサイトから拾うことができるが、プーチン大統領による演説の全文と、質疑応答の全てを網羅しているサイトは見つからなかった。

資料1:「Vladimir Putin’s Vision of a Multipolar World」、Philip Giraldi、2022.11.29

https://www.unz.com/pgiraldi/vladimir-putins-vision-of-a-multipolar-world/

資料2:「プーチンの考える多極化する世界」、Alzhacker、2022.11.30

https://alzhacker.com/vladimir-putins-vision-of-a-multipolar-world/

資料3:「バルダイ討論クラブのプーチン、多極化世界における伝統的価値の尊重を語る」青山貞一、独立系メディア  E-wave Tokyo、2022.10.31、http://www.eri.co.jp/independent/Ukraine-war-situation-aow1823.htm

 資料1の著者フィリップ・ジラルディ(Philip Giraldi)は、米国の無党派のNPOである、the Council for the National Interest(国益を追求する評議会)の事務局長であり、それ以前はCIAのインテリジェンス・オフィサーという経歴の持ち主である。アメリカ人で元CIAの経歴ではあるが、プーチン演説を客観的に受け止めているように思われるので引用することとする。資料2は資料1を邦訳したものであり、資料3は会議終了直後に公表されたロシア語の文献を急きょ和訳したものである。

 以下は、プーチン大統領が語った言葉、あるいはジラルディの解説の中から、本記事の主題である「プーチンの視点・論点」に合致するものを選び、6つのテーマ毎に括り直して整理したものである。邦訳については資料②と③を参照し、その上で全体の文脈を考慮して直截簡明な和訳としたことをお断りしておきたい。

ソ連崩壊からウクライナ戦争に至る歴史

 以下は、プーチンの演説を踏まえたジラルディの総括的な意見である。

1)1991年、ソ連大統領だったゴルバチョフが、米国と同盟国からNATOを東に拡大しないとの口約束を得てソ連の解体に同意したことが、その後の紛争の種となった可能性がある。クリントン大統領はその公約をあっさり反故にして旧ユーゴスラビアに軍事介入した。それ以来、NATOはロシアの国家安全保障上の利益を無視して東に拡大を続けた。

2)1991年~1999年、ボリス・エリツィン大統領のときに主に欧米のオリガルヒによりロシアの天然資源が略奪された。無能で(酔っ払いだった)エリツィンは、米欧が干渉したロシア大統領選で誕生した傀儡だった。

3)1999年にウラジーミル・プーチンが登場し、首相として、そして後に大統領として、体制の立て直し(欧米が支援したオリガルヒの一掃等)を進めた。

4)やがてウクライナは紛争の焦点となった。米国はウクライナの政治に公然と介入し、タカ派のジョン・マケイン上院議員や、国務省の怪物ビクトリア・ヌーランドが頻繁に訪問し、50億ドルを投じてウクライナの政治情勢を不安定にさせた。そして親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権を排除して、親米欧の政権交代を実現させた。(2014年のマイダン革命)

5)欧米は経済戦争、貿易戦争、制裁、カラー革命、あらゆる種類のクーデターを用意して(世界中で)実行してきた。マイダン革命はその一つだった。

 第1部で「ウクライナ戦争は単独に起きたのではなく、ソ連の崩壊、旧東欧諸国の独立とEU及びNATOへの加盟、マイダン革命という流れの延長線上で起きたことは明白である。」と書いた。上記ジラルディによる総括から、ソ連崩壊からウクライナ戦争に至るロシアの歴史をプーチンがどう認識しているのかを知ることができる。

アメリカ/西側が行ってきたこと

 次にソ連崩壊以降に1強体制を確立したアメリカが何をやってきたかについて、プーチンが手厳しい評価を加えている。

<中国との関係を台無しにし、ウクライナには数十億ドルもの武器を供給する等、一体彼らは正気なのか?このような行動は常識にも論理にも反していて、気違いじみている。>

<彼らは傲慢で何も恥じるところがない。彼らはイランの将軍であるスレイマニを殺した。スレイマニをどう扱おうが勝手だが、彼は他国の役人なのだ!>

<西側はいつも煽るようにプレイしている。ウクライナ戦争を煽り、台湾有事を挑発し、世界の食料・エネルギー市場を不安定化させている。もちろん後者は(ロシアが)意図的に行ったものではなく、欧米列強による多くのシステム上のミスによるものだ。そして我々は汎欧州のガスパイプライン(ノルドストリーム)の破壊も目の当たりにした。これはとんでもないことだ!>

<その昔ナチスは焚書を行った。今や欧米の「自由主義と進歩の擁護者」は、ドストエフスキーやチャイコフスキーを禁止するまでに落ちぶれた。そしてロシアから代替的な意見を提示すれば、それは「クレムリンの策謀だ」とされる。一体自分たちは万能なのか?>

 「西側はいつも煽るようにプレイしている」という指摘はその通りだろう。なかでも2020年1月3日(トランプ政権下)に車列を組んでバクダッド空港近傍を走行していたイランのソレイマニ司令官を、米軍が無人攻撃機で攻撃し殺害した事件については、アメリカ自身が公表しており、プーチンの指摘は正しい。

 ノルドストリーム爆破事件については、第3部で検証する。

アメリカの新自由主義的な世界秩序の危機

 アメリカがやってきたことに対するプーチンの批評が続く。

<今起きている事態はアメリカの新自由主義的な世界秩序モデルのシステム的というよりは教義的な危機である。彼らは創造や積極的な発展という考えを持たず、単に支配を維持することのみを世界に押し付けている。これに対してロシアは何世紀にもわたる伝統と価値観を大事にしてきた。(本来の国際秩序は)誰かに押し付けるものではなく、それぞれの国が何世紀にもわたって選択してきたものを大切にすることなのだ。>

<もし西側のエリートが、ジェンダーやゲイパレードのような、私からみれば奇妙な傾向を、国民や社会の意識に導入できると考えるなら、好きにすればいい。しかし彼らが絶対にやってはいけないことは、他の人たちに同じ方向に進むことを要求することだ。>

<1978年に行われたハーバード大学での演説で、ソルジェニーツィンは西洋について、「優越感の余韻の盲点」があると指摘した。それは今でも何も変わっていない。西側は自分たちの無謬性に自信を持ち、さらに踏み込んで、それを嫌う者を廃絶しようと考えている。>

<西側のイデオロギー論者は、国家システムとして彼らの自由主義モデルが唯一無二だと主張する。傲慢にも彼らは侮蔑的に他のバリエーションや形態を拒否してきた。しかも西洋が課したルールから自由になろうとする動きがあれば、すぐにそれを罰しようとする。このやり方は植民地時代から確立されたもので、自分たち以外は皆二流の人間とみなすものだ。>

<欧米が医薬品や食用作物の種を他国に売る場合、その国の医薬品や品種改良を殺すように命令して、機械や設備を供給し、地域のエンジニアリングを破壊してきた。ある商品群の市場を開放した途端、現地の生産者は「寝たきり」となり、市場や資源が奪われ、各国が技術的・科学的な潜在能力を奪われていく。これは奴隷化に他ならず、経済を原始的なレベルまで低下させるものだ。>

 ここでプーチンが指摘していることは、その通りなのだろうという他ない。

経済制裁下でのロシア経済について

 ここでは米英が科した経済・金融制裁下の、ロシア経済の現状と見通しについて述べている。

<ウクライナ戦争における米欧の目的はロシアをより脆弱にすることだ。ロシアを自国の地政学的目標を達成するための道具にすることだ。しかしそのようなシナリオはロシアに関しては巧くいかなかったし、これからも巧くいかないだろう。>

<金やユーロ・ドル建ての外貨準備の凍結など、多くの制裁措置がとられているが、欧米諸国による対ロシア経済制裁は失敗している。米国と欧米諸国はドルを武器として使い、国際通貨制度の信用を失墜させた。ドルやユーロ圏のインフレによって通貨を下落させ、ロシアの外貨準備を略奪した。今後ドル決済から自国通貨建て決済への移行が進むことはもはや避けられない。>

<経済制裁下で、我々は全てを生産できないことを理解している。しかし、ロシア経済は概ね経済制裁の状況に適応してきた。輸出入ともに新しいサプライチェーンを構築し、それに伴うコストを削減するためにやるべきことがたくさんあるが、一般的には困難のピークは過ぎた。今後はより安定し、より主権的なプラットフォームでさらに発展していくだろう。>

<モスクワは自分たちが存在し自由に未来を拓く権利を守ろうとしているだけで、新しい覇権になるつもりなどない。同時に、ロシアは独立した別個の文明として、自らを西側諸国の敵と考えたことはないし、考えてもいない。>

 経済に関する制裁の影響は長期化する程深刻さを増してゆくだろうから、プーチンの状況認識は「これまでのところは」と受け止めるのが適切だろう。日用品については隣国のベラルーシなどから調達できるだろうが、ミサイルや航空機やエネルギープラントなどで使われている西側のハイテク部品、特に半導体や素材は容易には代替できないものであり、1年が経過したこれから深刻化してゆくことが予測される。

 プーチンの発言の中で、制裁の結果決済手段としてドルを使わないエネルギー取引が増大しており、長期的展望に立てばドル覇権の弱体化が進むことを指摘している点は重要だ。

多極化世界への呼びかけ

 バルダイ・クラブにおいてプーチンが発信したメッセージの中で、ここが核心の部分である。「プーチンは一体誰と戦っているのか」という問いの答えがここにある。

 プーチンは、<米国が法の秩序を要求する一方で、それに従わない相手を力づくに威圧することは、もはやできない>として、多極化世界への移行(a transition to a multipolar world)に向けて結集を呼びかけた。

<我々は歴史的な分岐点に立っている。我々の前には、恐らくWW2以降最も危険で、予測不可能で、同時に重要な10年間が待っている。>

<我々には二つの選択肢がある。一つはやがて崩壊することが避けられない問題を、我々全員が今後も背負い続けてゆく道(すなわち米国への追随)であり、もう一つは協力して解を見つけて不完全ではあるが世界をより安全に安定にすることができるよう努力を続ける道(多極化の追求)だ。>

<私は常識の力を信じている。遅かれ早かれ、多極化した世界秩序の新しい中心地と西側諸国は、共通の将来について対等に話し合いを始めなければならないと確信している。>

 プーチンは多極化世界へ移行するための呼びかけを行っている。プーチンは<多極化世界における真の民主主義とは、いかなる国家や社会も、自らの社会政治システムとその進路を選択する能力を有することを意味する。>と強調した。

 今後世界が多極化に向かうのかどうかという問いは、これだけで大きなテーマであるに違いない。一方で、ソ連崩壊以降の歴史を概観すれば、中国やBRICSが台頭し、グローバルサウスの発言力が増大し、相対的にアメリカが弱体化しているという大きな動向は既に顕在化している。

年次教書演説での注目発言

 プーチン大統領は2月21日にモスクワで恒例の年次教書演説を行った。注目すべき箇所を以下に引用する。(産経新聞、2月22日)

<米欧がロシアを永遠に滅ぼそうとしている。ナチスと同じく、米欧はロシアへの攻撃を企図している。ウクライナを取り込み対露攻撃の手先にしようとした。>

 つまり(ロシアにウクライナ戦争に踏み切らせた)米欧の目的はロシアを滅ぼすことにあり、そのためにウクライナを利用した(戦場にした)。プーチンはそう認識している。

<軍事作戦の目的はウクライナから米欧の影響力を排除することだった。2014年の政変(マイダン革命)でウクライナに生まれたネオナチ政権がもたらした脅威を取り除き安全を確保するため、特別軍事作戦を実行した。2014年からドンバスの住民はロシアが助けに来てくれるのを待っていた。>

<だが我々の背後には全く別のシナリオが用意されていた。ドンバスでの平和を実現するという西側の指導者の約束は真っ赤な嘘だった。>

 この「約束」というのが何を指しているのかは不明だが、「全く別のシナリオ」とは、ロシアに軍事侵攻させてロシアを滅ぼす戦争を始めることを指していると解釈される。

<強調したいのは、軍事作戦前に既にキエフ政権と西側の間で、防空システムや戦闘機などの供与についての交渉が行われていたことだ。キエフは核兵器を受け取ろうとしたことも覚えている。西側によって奴隷にされたウクライナを、大きな戦争に向けて準備させた。私たちはウクライナの国民と戦っていない。彼らはキエフ政権と西側の飼い主の人質になった。ウクライナでの紛争がエスカレートした責任は西側諸国とキエフ政権にある。>

<西側はロシアに経済制裁を加えたが、何も得られなかった。2022年のGDP減少は20~25%と予想されたが、2.1%の減少に留まった。ロシアは経済のゆがみを回避して新たな成長サイクルに突入した。>

 プーチンの「我々の背後には全く別のシナリオが用意されていた。・・・米欧がロシアを永遠に滅ぼそうとしている。」という発言は、後述するようにとても重要である。なぜなら元KGB出身のプーチンであるから、「米欧が準備を整えてロシアがウクライナに軍事侵攻するのを待ち構えている」ことは当然把握していたと思われるが、それがロシアを滅ぼすシナリオの発動になることまでは読み切れていなかったと告白、あるいは言い訳しているからである。

プーチン大統領の視点・論点(まとめ)

 バルダイ・クラブにおいて、プーチンはウクライナ戦争について自らの認識を丁寧に語ったように思われる。資料を読む限り、全般にわたってトーンは客観的であり、資料3の青山貞一教授は、「深く民主的である」と評している。

 プーチンの認識として重要なポイントは三点に整理されるだろう。

 第一は、ゴルバチョフによるソ連解体も、エリツィン時代に行われたオリガルヒによるロシア天然資源の掠奪も、舞台裏ではアメリカによるシナリオがあり工作が行われていた。そしてアメリカによって弱体化されたロシアを自分が立て直してきたその過程で、2014年にマイダン革命が起きた。クーデターによって親露政権が倒されて現在の親米のゼレンスキー政権(ネオナチ政権)が登場した。

 第二は、軍事作戦の目的は2014年から待っていたドンバスのロシア系住民を救出し、ウクライナから米欧の影響力を排除することだったが、ここには全く別のシナリオが周到に用意されていた。すなわちロシアにウクライナへ軍事侵攻をさせておいて、それを名目としてロシアを滅ぼすシナリオを発動するというアメリカの深謀遠慮があった。

 そして第三は、大統領職に就任して以来、ロシアはアメリカの敵ではないと丁寧に説明してきたにも拘わらず、アメリカは自分たちの民主主義形態以外を認めず、自分たちが作るルールを国際秩序と位置付けて、それに従わない国を弾圧してきた。世界はこれからもアメリカ1強体制の中でアメリカが作るルールと圧力に屈して生きるのか、それとも各国の歴史と多様性を大事にする「多極化」の世界を作っていくのか、我々は歴史の分岐点に立っている。

 プーチンのこの認識を踏まえて、「プーチンは一体誰と戦っているのか」という問いを考えてみよう。既に明らかなように、ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。①ロシア対ウクライナの地上戦、②ロシア対 NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、③ロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。

 既に開戦から1年が経過した現在、1月までに各国が表明したウクライナへの軍事支援は総額で622億ユーロ(約8.9兆円)に上り、ロシアの2021年の軍事支出に匹敵するという。この支援が続く限り、ロシアが①の戦争で勝利を収めることは困難だと言わざるを得ない。なぜならウクライナ戦争は、ウクライナが戦場と兵を提供し、欧米が武器とインテリジェンスを提供して行われている、実質はNATOとロシアとの戦争であるからだ。

 そして、もし①でロシアが敗退すればウクライナを含む周辺国のロシア離れは加速し、ロシアが弱体化し、EUとNATOの拡大が再び進む結果、②の欧州を中心とした地政学の構図が大きく変わることになる。

 一方で、ノルドストリーム爆破がアメリカの作戦によって実行された可能性が濃厚であり、プーチンが言うようにアメリカの傲慢で何でもありの行動に対し、アメリカ離れが徐々に進行してゆけば、世界は自ずと多極化に向かうことになる。

 プーチンが「我々は歴史的な分岐点に立っている。我々の前には、おそらくWW2以降最も危険で、予測不可能で、同時に重要な10年間が待っている。」と述べた真意はここにあると思われる。

-第3部に続く-

ウクライナ戦争の深層(1)

世界の近代史を概観する

 ロシアがウクライナに軍事侵攻してから1年が経過した。20世紀の戦争と異なり、世界の監視網の中で行われた戦争であり、1年の間に膨大な情報がもたらされた。この結果、ウクライナ戦争が我々現代人に投げかけてきたメッセージは1年前とかなり様変わりしてきた。重要と思われる論点が二つある。

 第一は、「戦争の世紀」と言われた20世紀までに終わったと信じていた、砲弾が飛び交う戦争が再現されたことである。対テロ戦やゲリラ戦と異なり、国と国との戦争がライブで報道されたこと自体が驚愕であった。一方で、兵器の進歩は目覚ましく、衛星を使った情報戦争、メディアが繰り広げたプロパガンダ戦争、ドローン兵器によるハイテク戦闘が、20世紀の戦争の常識と概念を根底から変えたことを目の当たりにした。

 第二は、1年前の認識では一方的に軍事力を行使したロシアに100%の責任と非があると思い込んでいたものが、欧州の歴史に綴られた大きな物語の一幕としてウクライナ戦争を俯瞰すると、話はそう単純ではないことに気付かされたことである。

 ウクライナ戦争は今後どうなるのだろうか。ロシア、ウクライナ両国の継戦能力、アメリカとNATOによるウクライナ支援の継続性、ロシア経済の経済・金融制裁下での耐力は、今後どう変化してゆくだろうか。両国が受容できる停戦合意は存在するのだろうか。もしロシアの敗北が濃厚になればロシアは核兵器使用に踏み切るのだろうか。また戦争が拡大して第三次世界大戦(WW3)に拡大する可能性はどれほど高いのだろうか。ウクライナ戦争が世界経済とドル基軸通貨体制に与える影響はどこまで進むのだろうか。さらにはウクライナ戦争が根底から破壊してしまった世界秩序の再構築はどのように進むだろうか。

 これら多くの疑問に対して、現時点で確かなことは、今後の展望は容易には予測できないということだ。

 ウクライナ戦争の終結とその後の世界について考えるためには、複数の視点から多面的に、かつ歴史を踏まえた時間軸の変化として捉えることが最低限必要である。私は歴史家ではないことをお断りした上で、考察を加えてみようと思う。『ウクライナ戦争の深層』と題した記事を三部作で書くこととする。第1部では、ウクライナ戦争に至る因果関係を歴史から概観し、第2部ではプーチン大統領の視点・論点に立って考え、それを踏まえて第3部でウクライナ戦争の深層について考えるというステップで書くこととする。

 第1部では、近代以降の人類史を、欧州を中心に時間軸と空間軸の上に巨視的にプロットしてみる。その上で歴史が物語っていることを要約する。

 本記事を書くにあたり、馬渕睦夫氏と渡辺惣樹氏共著による『謀略と捏造の200年戦争』(徳間書店)を参照した。

 近代史を大きく俯瞰するため、まず時間軸では18世紀後半に起きたアメリカの独立戦争とフランス革命以降の重大事件に注目し、空間軸では近代史を綴ってきた主要6か国と1民族に注目することとする。6ヵ国とは、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアと日本である。

 欧州が舞台であることと、ウクライナ戦争への関与の大きさと深さを考えれば、日本を入れるのは適切ではないのだが、日露戦争と第二次世界大戦の当事国であったことと、ウクライナ戦争後の展開に否応なしに、かつ相当な危機を伴って巻き込まれてゆくことを考慮して、敢えて日本を入れて日本はどう行動すべきなのかを考える一助としたい。1民族は言うまでもなくユダヤである。

近代国家の起源

 近代国家の基本的形態として、欧米と日本に定着しているのは自由・民主主義と資本主義である。その起源はアメリカ独立戦争とフランス革命という、二つの市民革命(ブルジョア革命)に遡る。図1はアメリカ独立戦争から南北戦争までの重大事件をプロットしたものである。

 世界の近代史を振り返ると、戦争や革命等の重大事件の重要アクターとしてユダヤ人の存在があった。そして18世紀末にナポレオンが欧州各地にあったユダヤ人居住地ゲットー(Ghetto)に閉じ込められていたユダヤ人を解放したことが、彼らが世界の重大事件に関与するようになる起点となった。

 ゲットーの開放以降、才覚あるユダヤの金融資本家たちが欧州世界で活発な活動を始めた。その代表的存在がロスチャイルド(Rothschild)家である。マイアー・ロートシルト(Mayer Rothschild)はフランクフルトのゲットー出身のユダヤ人で、1760年に銀行業を確立した。その後5人の息子がフランクフルト、ウィーン、パリ、ロンドン、ナポリで銀行業を始めた。

 戦争や革命では当事者の双方が莫大な資金と武器を必要とする。ユダヤ人の金融資本家がそれを提供し、金利で儲ける活動を本格化させたのはフランス革命以降のことだった。彼らはナポレオン戦争、ウィーン会議、南北戦争、ロシア革命等の国際的事件で暗躍し、巨額の富を築き強大な力を獲得していった。

 ウィーン会議はフランス革命とナポレオン戦争で混乱した欧州の秩序を取り戻すために開かれた調停の場だった。ここで一つ重要なことは、ウィーン会議直後に、国際紛争が起きた時に政治的に圏外に立つために、スイスが永世中立国という選択をしたことだ。これは戦争が起きても安心して金融業を続ける拠点として好都合であり、金融資本家が活動の場として作ったことに注目する必要がある。

 1848年にはマルクスが『共産党宣言』を発表した。マルクスが目指したのはプロレタリア革命(資本主義を社会主義に転換する革命)であり、マルクスが提唱した共産主義を忠実に実現した国家は未だに登場していないものの、共産主義のイデオロギーが20世紀以降の世界史に大きな影響を与えたことは言うまでもない。

 アメリカ南北戦争において英仏両国は南部に加担し、ロシアは北部のリンカーンを支援した。ロスチャイルドはリンカーンに資金提供を申し出たが、リンカーンはそれを断り、政府の信用をもとに独自の紙幣を発行して危機を乗り切り、南北戦争に勝利した。そしてリンカーンは暗殺された。天下分け目の戦争が起きるとき、政治の裏舞台でロスチャイルド等の金融資本家の暗躍があったことは事実であり、それは現代においても変わっていない。

 欧州各国において銀行業として成功を収めた金融資本家が次に画策したのは、国立ではない民間銀行を株主とする中央銀行の設立だった。設立の狙いは、通貨発行権を持ち金融政策を担う中央銀行をコントロールすることで巨額の利益を得ることにあった。

 1860年代後半~70年代初頭は第二次産業革命と呼ばれ、ドイツ、フランス、アメリカの工業力が飛躍的に向上した時期である。中でもドイツの興隆は目覚ましく、1870年に普仏戦争でナポレオン三世率いるフランスを破ってパリに入城を果たしている。1871年にはヴィルヘルム1世がドイツ帝国を創設した。

戦争の世紀の始まり

 図2は20世紀初めに起きた重大事件をプロットしたものである。

 1902年に締結された日英同盟が、主に資金と物資と情報を獲得する上で、日露戦争の勝利に大きな貢献をしたことは事実である。一方、これを英国の視点から眺めると別の思惑が見えてくる。即ち、日英同盟はイギリスに代わって日本がロシアと戦う代理戦争のための布石であり、同時に欧州一の工業国として台頭したドイツに対し包囲網を形成する目論見があったことだ。日本は欧州に位置しないものの、欧州での戦争が世界レベルに拡大してゆく過程で、イギリスの戦略に組み込まれていったのだった。

 日本は日露戦争の資金として、ロスチャイルドやニューヨークの金融資本家から総額13億円(一般歳入の5倍)を調達している。ちなみに日露戦争の戦費総額は18.3億円(一般歳入の7倍)だった。

 1913年に設立されたアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は、国立の日本銀行と異なり、ロスチャイルド、ロックフェラー他の金融資本家が設立した民間による中央銀行である。1930年にはスイスに国際決済銀行(BIS)が設置されており、金融資本家は世界規模で着実に活動の基盤を強化していったことが分かる。

 欧州の歴史は、長期に及ぶフランスとドイツによる覇権争いの歴史だった。第一次世界大戦(WW1)では、本来オーストリアとセルビア間の局地戦争だったものが、戦争直前にオーストリアはドイツの、セルビアはロシアの支援を取り付けていた。さらに当時ロシアとフランスは良好な関係にあり、欧州最強となったドイツに対し両国は早い時点から戦争を意図していた。このような背景の中で、僅か数日間で戦線が拡大し欧州大戦に発展したのだった。

 そしてドイツはシーパワーのイギリスと対峙することとなった。イギリスはフランス、ロシア、アメリカ、日本と個別の「協商」や「同盟」関係を結んでドイツ包囲網を形成し、WW1でドイツを破った。日英同盟はこの一環だったのである。

 WW1でも金融資本家が暗躍した。ロスチャイルドは英国の参戦を阻止しようとし、ロックフェラー等ニューヨークの金融資本家はアメリカを参戦させるべくウィルソン大統領の側近たちと共謀した。

 ロシア革命はロシアの少数民族だったユダヤ人を開放するために、国外に亡命していたユダヤ人がロンドンやニューヨークのユダヤ系金融資本家の支援を受けて起こしたユダヤ革命だった。マルクスが目指したプロレタリア革命とは無関係の権力闘争だった。レーニンは大戦中に起きたロシア革命に成功したものの、ドイツとの戦争では敗北した。ドイツも米軍が本格的に参戦した結果、敗北した。そして共産主義者が扇動したドイツ革命が起きドイツ帝国は崩壊した。

 以上が、「戦争の世紀」20世紀初頭に起きた戦争の大掴みな記録である。

第二次世界大戦からウクライナ戦争へ

 WW1の講和会議で採択されたヴェルサイユ条約において、英仏両国は返済が困難な賠償金をドイツに科した。これがヒトラー政権を誕生させ第二次世界大戦(WW2)の原因となった。

 図3はWW2以降の重大事件をプロットしたものである。

 ヒトラーはそもそも反ユダヤではなく強烈な反共産主義だった。ロシアにユダヤ人が多いため、次第に反ユダヤとなっていったのが真相であるらしい。イギリスもドイツに対しては宥和的でむしろロシアを警戒していた。

 これに対してアメリカのウィルソン大統領はロシア革命をブルジョア革命とみなして賛美し、革命政権に資金援助を行っている。さらにフランクリン・ルーズベルト大統領は反ヒトラーのユダヤ系スタッフに囲まれていて、ヒトラーに開戦させるためにポーランドに住むドイツ人の虐殺を仕組んだ。ドイツを全体主義国家とみなし、英仏に対してもドイツとの妥協や交渉を禁じた。共産主義ロシアは日本やドイツにとって脅威であり、欧州や日本が共産主義と戦っている中で、ルーズベルトはソ連を承認している。

 このように、ウィルソンとルーズベルトは共産主義ソ連(本来の脅威)を支援し、ドイツと日本(冷戦以降の同盟国)を戦争に追い込んで滅ぼすという、重大な誤りを犯したことになる。戦後の国際秩序から評価すれば、WW2を回避できた可能性を含めて、この二人はWW2における「真のA級戦犯」だったのではないだろうか。

 19世紀以降の歴史において、金融資本家と軍産複合体は戦争や革命を起こして双方に資金と兵器を提供することで儲けてきた。馬渕睦夫氏は、著書の中で「東西冷戦は国際金融勢力が自ら樹立したソ連という国家を使って、(強大になり過ぎた)アメリカを解体しようと狙ったものである。WW2後、アメリカは世界の富の半分を所有する程の超大国に躍り出た。このような軍事力や経済力を備え、かつ精神的にも健全なアメリカの一人勝ちは、世界支配を意図する金融資本家にとって邪魔な存在だった。」と書いている。この分析に立つと、アメリカが中国の建国を支援し、勝てる戦争だった朝鮮戦争やベトナム戦争で意図的に勝ちを放棄した歴史が説明できる。

 その後1980年代以降、新自由主義とグローバリズムが進展した結果、アメリカで貧困層が拡大し産業の空洞化と超格差社会が進んだ。結局、アメリカ自身が最大の犠牲者となり、中国が最大の受益者となったのだった。同時にソ連が崩壊し、旧東欧諸国が相次いで民主主義化してEUに参加していった。つまり、ソ連の解体とアメリカの弱体化、中国の急速な台頭という地政学的な大変化が同時に進行したことになる。世界が不安定化の方向に変化したのである。

 ソ連崩壊後の2000~05年に旧東欧諸国で民主化を掲げた『カラー革命』が起き、政権交代が相次いだ。2010年末にはチュニジアで『ジャスミン革命』が起きてアラブ世界に波及し、2010~12年にはいわゆる『アラブの春』が起きた。さらに、2014年にはウクライナで『マイダン革命』と呼ばれた騒乱が起きて、親露派のヤヌコーヴィッチ大統領がロシアへ亡命して暫定政権が誕生した。ロシアは暫定政権を否定し、ヤヌコーヴィッチ政権の崩壊をクーデターによるものとみなした。『カラー革命』から2014年の『マイダン革命』に至る旧共産国やアラブ世界で起きた一連の革命の背後には、ジョージソロスが設立したオープン・ソサエティ財団の支援や、アメリカによる工作があった可能性が濃厚である。

ウクライナ戦争、誰が誰と戦っているのか

 2022年にロシアがウクライナに軍事侵攻した。それ以降、欧米からの軍事支援を受けたウクライナはロシアと消耗戦を1年続けてきた。最近ではロシアの劣勢が鮮明になってきた感がある。ここで二つの問いを考えてみたい。最初の問いは「ゼレンスキーは誰と戦っているのか?」である。この答えは簡単で言うまでもないだろう。

 では次の問い「プーチンは一体誰と戦っているのか?」はどうだろうか。この問いに的確に答えるためには、ウクライナ 戦争の歴史と深層についての理解が必要である。

ウクライナ戦争に至る歴史が物語ること

 以上、アメリカ独立戦争からウクライナ戦争に至る近代史をザクっと概観してみた。この歴史が物語っていることを要約して、第1部を締め括ることとする。第2部ではプーチンの視点・論点について考察し、第3部では総括としてウクライナ戦争の深層について考察を加えて、ウクライナが起こした変化について考えてみたい。

(1)世界の歴史を紡ぐアクターは国だけではない。歴史では主要国に匹敵するパワーを持ったアクターが存在してきた。既にみてきたように、彼らはアメリカ独立戦争以降の戦争や革命において、大きな影響力を行使してきた。その最強の勢力はユダヤの金融資本家である。

(2)現代社会の国家の形態は、欧米と日本に代表される自由と民主主義・資本主義の形態と、「それ以外」の二つに大別されるだろう。二つの国家形態はアメリカ独立戦争とフランス革命、さらにはマルクスの共産党宣言を起源として生まれたものである。「それ以外」にはロシアや中国の形態が含まれるが、国家の形態の違いが現代の大きな対立を生んでいる原因となっていることは言うまでもない。

(3)戦争や革命は20世紀で終わることなく現代まで続いてきた。その理由は、第一に国家間の対立があるからであり、第二に意図的に戦争や革命を起こし、世界を不安定化させることによって大きく儲けようとする集団が今でも存在するからである。

(4)歴史を回顧すれば、ヒトラーがポーランドに軍事侵攻してWW2が始まったのも、日本が真珠湾を奇襲攻撃して大東亜戦争が始まったのも、ドイツや日本が自発的に起こしたものではなく、巧妙に仕組まれ挑発された結果だったことが既に明らかになっている。朝鮮戦争やベトナム戦争、イラク戦争にも同じ構図があった。またカラー革命もアラブの春も自然発生的な事件ではなく、仕組まれて起きた事件だった。そのような戦争や革命の大半を仕組んできたアクターは、米英両国と金融資本家だった可能性が高い。

(5)近代史をそのように概観するとき、ウクライナ戦争でも類似の工作が行われた事実に容易に気付かされる。少なくともウクライナ戦争は単独に起きたのではなく、ソ連の崩壊、旧東欧諸国の独立とEU及びNATOへの加盟、2014年のマイダン革命という流れの延長線上で起きたことは明白である。さらにプーチン大統領が軍事行動を起こすように、バイデン大統領が執拗に挑発してきたことも記憶に新しい。

 現代ビジネスの2月17日版に、長谷川幸洋氏が「バイデンのヤバい破壊工作が暴露された」という記事を書いている。米国の著名なジャーナリストであるシーモア・ハーシュ氏が「ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプライン『ノルドストリーム』を海底で爆破したのは米国の仕業だった」という記事(※)を紹介した記事である。

 シーモア・マイロ・ハーシュ(Seymour Myron “Sy” Hersh)の著書には、邦訳本が出版されているものでも、『目標は撃墜された-大韓航空機事件の真実』、『アメリカの秘密戦争-9.11からアブグレイブへの道』などがある。

(※)https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

(第2部に続く)