起源という難問(T=0問題)

まえおき

 約38億年前に地球に生命が自然発生した。生物は数億年の歳月をかけて進化を重ね、サピエンスを誕生させるに至った。サピエンスは次々にさまざまなツールを発明して文明を築いた。そして現代、最強のスーパーコンピュータと最新のAI(以下≪SC+AI≫と略す)を発明し、人類の知を超越するシンギュラリティという臨界点に到達しつつある。最強のツール≪SC+AI≫が「考える」能力を備えた最強のマシーンに変異すれば、次の進化段階においてサピエンスを消滅させる脅威となるだろう。

関連資料

 本稿では、宇宙の始まり、生命の起源と進化、サピエンス登場、兵器化されるAIとバイオなどを取り上げる。これらについては既に書いてきたので、併せて下記資料を参照いただければ幸いである。

  ①「宇宙の始まり」:インフレーション、ビッグバン等

  ②「地球に起きた重大事件(生物編)」:生命のアーキテクチャ、大量絶滅等

  ③「地球に起きた重大事件(サピエンス編)」:コロナパンデミックの教訓、生物兵器の出現、インフェルノ等

  ④「歴史的大転換にある世界(2)」:臨界点に向かう技術革新、兵器化されるAIとバイオテロ等

コロナウィルスの発生源に関する新たな動き

 本題に入る前に、コロナウィルスの起源について新たな動きがあったので触れておきたい。コロナパンデミックに関し、中国とアメリカの専門家が改めてウィルスの起源に言及した。(参照:現代ビジネス、2023年11月24日)

 一人はWHOがウィルス研究の権威として認定した香港大学公衆衛生学院の研究員で、2019年12月に武漢で感染者が急増した時にコロナの調査にあたった閻麗夢(イェン・レイム)博士(2019年4月にアメリカに亡命)である。もう一人は米国疾病予防管理センター(CDC)の第18代所長で、コロナパンデミックの現場を指揮したエイズウィルス研究の権威ロバート・レッドフィールドJr.博士である。

 レッドフィールド博士は2023年3月に米下院の特別小委員会で「武漢研究所から漏洩した結果である可能性が高い」と証言し、ウィルスを人為的に変異させる「機能獲得研究」に対する監視強化を訴えた。レッドフィールド博士は同時に、当時米国政府が武漢ウィルス研究所と共犯関係にあったと指摘している。

 イェン博士は「新型コロナの特徴と中国のプロパガンダ戦を告発する3つの論文」、いわゆる『イェンレポート』を2020年9月以降に相次いで公表した。機能獲得研究が感染症の治療法やワクチン、治療薬の開発に大きく貢献する一方で、生物兵器として国家テロに利用される危険性に警鐘を鳴らしている。イェン博士はさらに、「欧米先進国と比べて人権意識の低い中国はさまざまなウィルス研究のメインフィールドになってきた。」と証言している。

 米中の第一人者である二人の意見は、以下の四点で一致している。

①新型コロナウィルスには人間の細胞と結合しやすいスパイクタンパク質が含まれていて、自然発生説の中間宿主に関する理論や実験結果と一致しない。

②これらの部位には、人為的な改変の痕跡がはっきりとある。

③SARS及びMERSウィルスは人から人への感染力は弱いが、新型コロナは最初から強すぎる能力を持っていて、自然界で進化したコロナには見られない特徴である。

④アメリカCDCと武漢ウィルス研究所には協力関係があった。

≪生命の起源≫

 さて本題に移ろう。ダン・ブラウンは、映画「ダヴィンチコード」や「天使と悪魔」、「インフェルノ」の原作者として知られている。小説「オリジン」の中でダン・ブラウンは、天才科学者が最強のツール≪SC+AI≫ を使ったシミュレーションを仮想のタイムマシンとみなして、「生命進化の起源と未来」の謎に挑むというテーマを取り上げている。このテーマについて、『奇跡の物語』の視点から検証を加えてみたい。

 関連資料②で書いたように、科学は生命の起源について以下の事実を明らかにしてきた。第1に「生物の進化」については、約38億年前に単細胞生物が、約10億年前には多細胞生物が登場し、約6億年前には「カンブリア爆発」が起きて、さまざまな動物が一斉に誕生した。第2に、絶滅した生物を含む地球上に存在した全ての生物が単一の「アーキテクチャ」を共有している。一方、最初の生命がどうやって誕生したのかについては謎のままである。

 科学が解明したことは、最初に地球に誕生した単細胞生物の子孫として進化を繰り返し、全ての生命が誕生したという事実だった。ここで「生命のアーキテクチャ」は以下の三つである。

  ①遺伝情報の記録と伝達にDAN、RNAを用いていること

  ②エネルギーの授受にATP(アデノシン三リン酸)の酸化還元反応を用いていること

  ③タンパク質の合成に同一の20種類のアミノ酸が利用されていること

 小説でははじめに、最強のツール≪SC+AI≫に、今までに人類が明らかにしてきた科学の知見をインプットしてシミュレーションを行い、「生命誕生の起源」の謎に挑んでいる。小説の中で天才科学者が注目したのは、1950年代に二人の科学者が行った伝説的な実験だった。

 ユーリー博士(Harold. Urei)とミラー博士(Stanley. Miller)は1950年代に、原始の海洋と大気の組成を再現した「原始の海」を実験室に作り、落雷に代わる電気ショックを与えて、生物のアーキテクチャに係る有機物が生成されるかどうかを確かめる実験を行った。実験の結果、数種の有機化合物(アミノ酸)が無機物から生成されたものの、生命に繋がる物質は生成されなかった。

 ただし現代から眺めると、ユーリー/ミラーの実験には重大な誤りが二つあった。一つは原始の海の組成が現在の知識とは異なっていたこと、他一つは実際には数億年かかって起きた変化を短期間で確認しようとしたことだ。

 ならば現在までにサピエンスが解明し蓄積してきた最新の知識を境界条件として与え、数億年に及ぶ時間経過を模擬するシミュレーションを≪SC+AI≫にさせればいい。シンギュラリティの時代の最強ツールなら、「生命の起源」の謎を解明できる。そう考えた天才科学者がシミュレーションを実施した。・・・小説はそういう物語展開となっている。その結果、最初の生物は地球環境の中で十分な時間経過の後に自然発生したことが示される。

 「生命の起源」問題の答えは、科学か宗教かの二者択一を迫るものだ。即ち原始の地球環境で自然発生したとなればそれは科学の範疇であり、そうでなければ神が作り給うたという二つだ。シミュレーションの結果は自然発生だった。実際に原始の海で起きた変化も恐らくそういうことだったと思われる。

散逸構造とエントロピー

 この物語を科学的に解釈すると、「生命は地球環境における散逸構造の一つであり、原始の海で自己組織化メカニズムが働いて自然発生的に誕生した」ということになる。

 生物のみならず宇宙で進行中の変化は、以下の何れかに分類される。

  ・エネルギーの流入がある環境では、エネルギーを使って秩序が形成される

  ・エネルギーの流入がない環境では、エントロピーが増大する(混沌さが増す)

 そして生物という存在は以下の三点に集約して理解することができる。(参照:ダイヤモンドオンライン『私達の体の多くの部分はいつも入れ替わっている』、更科功、2019年12月21日)

 第1に物理現象として捉えると、生物はエネルギーを得て形成された秩序であり、エントロピー増大法則(熱力学第二法則)に反している。

 第2に地球環境と生態系の関係として捉えると、生物は地球環境におけるエネルギー散逸に貢献していて、生態系全体としてエントロピー増大法則に従っている。

 第3に進化という視点から眺めると、生物は子孫を残し世代交代して「生態系の進化」という大きな物語の小さな役割を演じている。

 参考までに散逸構造の分かり易い事例を挙げれば、落雷は空中に蓄積される電気エネルギーを散逸する自然現象であり、渦潮は流れ込む潮流のエネルギーを拡散させるために自然に形成される構造である。人間社会で言えば、都市は常に流れ込むエネルギーや資源を消費することで形成され維持される社会構造であり、人々がさまざまな活動を行って廃棄物(エントロピー)を吐き出している。

≪進化の未来≫

 小説は次に二つ目のテーマとして、生物進化が辿った歴史を≪SC+AI≫にインプットして、≪進化の未来≫を予測するという展開になる。シミュレーションの結果、近未来にはサピエンスに代わる「新しい種」が登場し、地球の主役が交代して、サピエンスは淘汰される未来が描かれる。これこそがシンギュラリティに到達したAIが人類の脅威として恐れられる理由である。

 前と同様に、この物語に科学的な考察を加えてみよう。そもそも未来を予測することは可能だろうか。

 確かにスーパーコンピュータ(SC)の能力は今後も指数関数的に能力が向上してゆくだろう。人工知能(AI)もこれからシンギュラリティを達成し、さらに飛躍的な進歩を遂げてゆくことは間違いない。さらに人類が積み上げてきた知(K)の体系も増加してゆくだろう。では近未来の≪SC+AI≫は最新の≪K≫を使って、次の予測を行うことができるだろうか。

  Q1:今後「生命の進化」の物語はどういう展開になるのだろうか

  Q2:生物の絶滅は過去に5回起きたが、次の絶滅はいつどういう形で起きるだろうか

 答えはネガティブであろう。シミュレーションの特性であり同時に限界でもあるのは、シミュレーションを行うためには「モデルの記述」と「パラメータの設定」が必須であって、これを誤ると全く異なる結果がもたらされることだ。今後幾ら≪SC+AI≫が進歩を遂げたとしても、現在から未来に至る変化をもたらすモデル(宇宙で言えば物理法則)の記述と、適切なパラメータの設定が可能となるとは思えない。

 分かり易い身近な例として天気予報を考えてみよう。天気予報に対する現状の評価は概ね次のようなものだろう。

  ・明日の予報は概ね当たるが、1週間先の予報は当たらない

  ・但し明日雨が降ると言っても、正確な地域と時刻を予告することは出来ない

 これは次のように説明できる。日本及び周辺海域の気象予報を正確に行うためには、気象衛星ひまわりの解像度を上げるだけでは不十分で、周辺海域のさらに外側の気象と海象に関するきめ細かな観測情報を境界条件として付与する必要がある。日本の気象に影響を及ぼす大きな因子として、大陸からは偏西風に乗って高気圧や低気圧が間断なくやってくるし、南方からは台風が、北方からは寒気がやってくる。同時に日本列島を挟むように黒潮と親潮が流れていて、その海水温は気象に大きな影響を及ぼしている。気象庁はこれらの刻々の観測データを境界条件として≪SC+AI≫に与えてシミュレーションを行い、天気予報を行っているのである。

 もう一つ例を挙げよう。生物進化の歴史には、5回の大量絶滅(ビッグファイブ)が起きたことが分かっている。では絶滅を起こした原因はどこまで解明されているだろうか?恐竜を絶滅させた5回目の絶滅(6600万年前)が、ユカタン半島に衝突した直径10km程の隕石によってもたらされたことを唯一の例外として、それ以外の絶滅については、地球内部由来(大規模火山噴火、巨大地震など)か、宇宙由来(物体の衝突)かすら特定できていない。

 その原因は、地球内部のダイナミズム(プレートやプルームの動き)が解明できていないので、巨大地震も巨大噴火も予兆現象が起きるまで予知できないことにある。同様に、小惑星や流星や隕石についても、次の地球衝突のXデーがいつになるかは、その物体が観測網によって探知されるまで予測できないのである。

 生物進化にせよ、宇宙膨張にせよ、未来を予測するためには、現在から未来に向かう変化をもたらす物理法則(シミュレーションにおけるモデル)と境界条件(パラメータ)を明らかにする必要がある。但しここに人知の限界が立ち塞がる。物理法則にも境界条件にも、現代の人類が解明できていない未知の要素が存在するのである。

 分かり易い例がダークマターとダークエネルギーだ。但しそういうファクタを考慮しなければ宇宙の振る舞いの辻褄が合わないということだけで、その正体は皆目分かっていない。仮説としての概念があるだけで、その振る舞いを記述する物理法則が分からないのだ。

 では最強のツール≪SC+AI≫が進化して、サピエンスに代わってAIが科学的知見を探究して、現状未発見・未解明の領域に踏み込んで科学を深耕してゆくということはあり得るだろうか?恐らくネガティブである。何故なら探究はサピエンスの知的好奇心に基づく行動であり、観測や実験などの作業が不可欠だからだ。≪SC+AI≫が言わば手足を持たない、頭だけの存在に留まる限り、言い換えれば≪SC+AI≫がツールに留まる限り、サピエンスに代わることはあり得ない。

≪宇宙の起源≫

 ダン・ブラウンが小説≪オリジン≫で提起したテーマがもう一つある。後段で主人公ラングドンに語らせた言葉が、三つ目のテーマを示唆している。それは「物理法則に生命を創造する力があるのなら、物理法則を創造したのは一体誰なのか?」という問いだった。この問いこそは「生命の起源からさらに遡り、宇宙の起源に係る」究極の問いに他ならない。

 生命の起源を辿るのと同じように、思考実験で宇宙の起源を遡るとしよう。現在予測されている宇宙の始まりの物語は凡そ次のようなものだ。(関連資料①参照)

  ・宇宙は凡そ138億年前に突然始まった

  ・直後にインフレーションが起きて空間が瞬間に大膨張した

  ・インフレーションを起こした「真空のエネルギー」が膨大な熱を発生した

  ・超高温となった結果、膨大なエネルギーによって物質が生成されビッグバンが起きた

 これは途方もない仮説であって、素人の理解を遥かに超えているのだが、一つはっきりしていることは「宇宙の起源」というのは現在の物理法則すら成り立たない特異点であることだ。

 つまり「生命の起源」と「宇宙の起源」には決定的な違いが存在する。「生命の起源」問題は、既に地球上にあった無機物質からどのようにして最初の生命が誕生したのかだった。そしてその解は科学か宗教かの二者択一、二律背反だった。

 これに対して「宇宙の起源」問題は、現在の宇宙に存在する物質構造とエネルギー、それに物理法則がどのようにして生まれたのかという究極の問いである。単刀直入に言えば「無から有がどのようにして生まれたのか」ということであり、現代の科学は全く歯が立たない難問なのである。科学で立ち向かうことが無理なのであるから、宇宙の起源をもたらしたものを「神」と呼ぶとしても何ら違和感は生じないだろう。この難問の解は唯一つしか存在しない。科学と宗教の二者択一ではなく二律背反でもない。科学も従来の宗教も無力なのだ。ここでいう「神」は宗教にみられる人間中心の神ではなく、宇宙の創造神としての「神」、即ち宗教すらも超越している「神」であることを付け加えておきたい。

「奇跡の物語」を起こしているもの

宇宙を支配する法則

 宇宙は138億年かけて現在の姿になった。ビッグバンという宇宙の特異点と、原子の内部の振る舞いを除外して考えれば、宇宙は基本的に重力の法則と熱力学の法則に従って変化してきたといっていい。

 熱力学とは「熱や物質の移動やそれに伴う力学的な仕事について巨視的に扱う物理学」である。身近な例として蒸気機関車について説明すると、蒸気機関車は石炭を燃やして熱を発生し、水を沸騰させて水蒸気を作り、水蒸気がピストンを回して動力を生み出している。つまり、熱は仕事を行うためのエネルギーであることが分かる。

 熱力学の第一法則は『エネルギー保存則』として知られ、エネルギーの総和は変化しないというものである。そして第二法則は『エントロピー増大の法則』として知られ、「熱は温度の高い方から低い方へ流れてゆく」というものであり、これを「エントロピーは増大する」と表現している。

 平たく言えば、温度が低くなるほど分子の活動は鈍くなり、その結果分子の状態は秩序を失い乱雑度を増すということだ。そもそも温度とは物質内部の分子の運動の激しさを表す物理量である。

エントロピー増大と秩序化

 宇宙はその始まりから徐々に乱雑さが増大する方向に進化してきた。余談だが、宇宙はエントロピーが増大する方向にしか変化しないことが「時間は過去から未来へ一方向にしか流れない」ことを位置づけているという。

 宇宙には恒星が無数にあるが、太陽のような恒星は内部の核融合反応によって灼熱に輝いている。そして原料の水素を使い果たすと膨張して赤色巨星となり、やがてエネルギーを使い果たして恒星の残骸である白色矮星になって寿命を終える。ちなみに太陽が赤色巨星になるのは今から約76億年後と言われ、そのとき地球は巨大化する太陽に飲み込まれて消滅するという。

 生物はエントロピー増大の法則に抵抗している宇宙で唯一の存在である。我々が生きているということは、身体の各器官がそれぞれの機能を正常に果たしている状態、一言で言えば身体が秩序ある状態に維持されていることに他ならない。

 人間社会には、秩序化とエントロピー増大という二つの作用が混在している。常にエネルギーを注ぎ込んで秩序を維持しようとしない限り、社会の乱雑さは容赦なく増加してゆく。定期的に整理整頓と掃除をしなければ家の中はやがてゴミと埃だらけになってしまうことと同じである。整理整頓することが秩序化であり、ちらかるのはエントロピーが増大した状態である。

局所的なエネルギー

 では自然界で秩序化をもたらす力は何だろうか。地殻変動や地震、火山の噴火、台風等の自然界のエネルギーは、国土に大きな被害をもたらす一方で、自然環境が秩序を維持する上で必要なエネルギーを提供しているとも言える。

 日本に四季があるのは地球の公転運動のお陰であり、昼夜が存在するのは自転運動のお陰である。地球が公転と自転をしながら、太陽からのエネルギーが注ぎ込まれていることが、四季や昼夜という秩序を維持しているメカニズムである。

 また陸地と海洋、大気というふうに地球環境が区分されていることが、生物に活動できる環境を与えている。陸地には火山活動があり、海洋には潮流があり、大気には気流があって常にエネルギーが供給されている。

 太陽エネルギーに加えて、地球の公転・自転という運動エネルギーと地球内部から熱エネルギーが供給されていることが地球の秩序を維持しているのだ。

生物の誕生

 では、生物はどのようにして誕生したのだろうか。生物起源については諸説ある。熱い初期の地球環境の中で、長い時間をかけて無機物から有機物が自然に作られて、さらに有機物どうしが反応して生命が誕生したという『化学進化説』を始め、最初の生命は宇宙からやってきたという説、深海熱水孔や地下の生物圏で発生した説などである。

 宇宙由来説を除くその他の仮説の何れもが、初期の地球環境において有機物がスープ状態に溶けた中から生物の原型が偶然生まれたと考えている。より単純な物質から複雑な化合物が合成されるという過程は、エントロピー増大の法則に逆らうプロセスである。素材となった無機物に地熱や太陽光などのエネルギーが供給されて、高度な化合物を合成させた(秩序化)ことになる。

 もう一つ生物には不思議な秩序がある。それは、現在地球上に存在する全ての生物が共通の遺伝の仕組みを持っていることだ。遺伝情報物質はDNA(デキシオリボ核酸)、遺伝情報の転写と翻訳を司る物質はRNA(リボ核酸)と呼ばれる。初期の地球には多様な有機分子が存在していたと考えられるが、自己複製を可能とするメカニズムを備えた「核酸」という複雑な有機化合物が安定的に合成されるようになった謎は未だ解明されていない。

 また生物は進化の方向に一直線に進んできたわけではない。遺伝は進化も退化もある試行錯誤のプロセスであり、環境の変化に適合するように変化したDNAだけが生き延びてきたのだ。そして生き残ったDNAをもとに次の試行錯誤が起こり、それが繰り返されるというプロセスによって、全体として生物は進化してきたのである。

 生物の進化を振り返れば、初期の原始的生命体からサピエンスが誕生するまでの38億年の全体像は、多様性の拡大と高等生物への進化だったと俯瞰できるだろう。そしてその進化をもたらしたのは地球環境が提供した様々な熱エネルギーだったのだ。

人間社会の秩序

 社会も国家も国際社会も、秩序が維持されているが故に存続してきた。人間社会に局所的なエネルギーを供給しているのは人間が行う仕事である。また近代においては、新たなテクノロジーの登場が人間社会の進化を促進してきた。

 テクノロジーの進歩には停滞も終わりもない。従って、社会も国家も国際社会も、何れのシステムも未だ発展途上にあるといっていい。

 今後人間社会が維持発展してゆくためには、秩序を維持することを必須条件として、その上で最新のテクノロジーを道具として活用し、社会や国家、国際社会のシステムのイノベーションを推進してゆく必要がある。地球環境が提供するエネルギーを利用している生物の進化と異なり、人間社会の秩序は人間の仕事によってしか維持させることができないのだ。