アガサ・クリスティ『カーテン』

 「ミステリーの女王」と評されたアガサ・クリスティ(Agatha Mary Clarissa Christie)は、1890年にイギリスで生まれた。19歳の時に小説家としてデビューしてから66年間、満85歳で人生の「幕」を閉じるまで、彼女は推理小説を書き続けた。書いた作品は66冊の長編ミステリー小説と多数の短編集に及ぶ。

 中でも第二次世界大戦が勃発した1939年(49歳)に書いた、『そして誰もいなくなった(And Then There Were None)』は約1億部を売り上げ、人類史上最も売れた本の一つとなった。

 ベルギー人の探偵が巧妙に仕組まれた殺人事件を次々に解決してゆく『エルキュール・ポアロ(Hercule Poirot)』シリーズは、長編小説66冊の内33冊と短編小説54冊を占めている。シリーズ作品となったのは『名探偵ポアロ』の他に、『ミス・マープル(Miss Marple’s)』があり、長編12冊と短編20冊が書かれた。

 アガサ・クリスティの第1作は、第一次世界大戦(1914~18)終戦後の1920年に書かれた『スタイルズ荘の怪事件』で、『エルキュール・ポアロ』シリーズの第1作となった。

 図1に示すように、アガサ・クリスティは第二次世界大戦(1939~45)中の1943年(53歳)に、『カーテン』と『スリーピング・マーダー』を執筆しているが、何れも公開は自分の死後とする契約を結んでいる。『カーテン』はポアロ・シリーズの最終作で1975年に完結した65作目であり、『スリーピング・マーダー(Sleeping Murder)』は1976年に完結した66作目、文字通りアガサ・クリスティの最終作品となった。『カーテン』の舞台として選んだのは、第一作の舞台となったスタイルズ荘だった。

 『そして誰もいなくなった』を書いた頃がミステリー作家としての絶頂期であったと考えれば、その最高に研ぎ澄まされたときにポアロ・シリーズ最終作の『カーテン』を書き上げたことになる。しかも1943年という年は、ドイツがスターリングラード攻防戦で歴史的惨敗を喫しただけでなくイタリアが降伏するなど、ドイツの敗色が濃くなった第二次世界大戦の転換点となった年だった。

 自分の死後まで公開を封印した事実には、一体どのような心境が隠されていたのだろうか?この時点までで、アガサ・クリスティはポアロ・シリーズ長編全33冊中21冊を書き上げており、ポアロ・シリーズに共通する構図は既に出来上がっていたと思われる。このまま書き進めてゆくと「ポアロ・シリーズの最終章のシナリオはどうなるか」についても既に構想ができていたのだろう。その構想に基づいて一気に書き上げて、「果たしてそうなるかどうかをみてみよう」と封印したのかもしれない。

 もう一つ注目すべきは、アガサ・クリスティの人生が二つの世界大戦と重なっている事実である。図1から明らかなように、第1作の『スタイルズ荘の怪事件』は第一次世界大戦が終結した二年後に、第26作目に書かれた『そして誰もいなくなった』は第二次世界大戦が勃発した年に、そして『カーテン』は第二次大戦中の1943年に書かれている。

 さらに二つの世界大戦の戦間期(1918~1939)がポアロ・シリーズの時代背景となっている。二つの戦争がアガサ・クリスティの作品に少なからぬ影響を及ぼしたであろうことは容易に想像できる。

 ミステリー作家としてペンを置く前年の1975年に『カーテン』は公開されている。当然公開するにあたっては、自分自身の人生の幕が降りるときの心境で『カーテン』のシナリオを再検証したに違いない。その上で、主人公ポアロの事件簿としての「幕」と、ミステリー作家としての自分の人生の「幕」を重ねて、『カーテン、ポアロ最後の事件』を公開したのではないだろうか。

 ミステリー小説を書き続けてきた絶頂期にあったアガサ・クリスティにとって、「世界最高峰の探偵に相応しい最後の事件簿のシナリオは何か」という問いを考えることは比較的容易であったように思われる。

 しかし「事実は小説よりも奇なり」という。たとえ名探偵ポアロの「幕」を完璧なシナリオで描くことはできても、自分の人生の幕を人生の途中でイメージすることは、アガサ・クリスティに限らず誰にでも殆ど不可能だ。何故なら、人生において年齢とともに蓄積してゆく経験知を予測することは困難だからだ。単純に言えば、若い時に晩年の人生をイメージすることはできないのである。

 ポアロ・シリーズはロンドンのLondon Weekend TelevisionがTVドラマとして作品を一つずつ収録し、延べ24年の歳月をかけて全33作品の映像化を完遂している。また原作は第一次世界大戦直後の1920年代から時代が進んでいくが、TVドラマ『名探偵ポワロ』の時代設定は1930年代に置かれたという。

 TVドラマの舞台となったのはイギリス1930年代の歴史ある城館、「世界で最も美しい」と称されるコッツウォルズを連想させる村、ロンドンの街並みに加えて、当時ロンドンの街を走っていたと思われるクラシックカーが惜しげもなく登場する等、原作の持つ情景が丁寧に再現されている。

 日本では、NHKがBSプレミアムで1990年から日本語版の放映を開始していて、再放送も行われた。最近ではBS11で字幕版が放送され10月末をもって完結している。

 TVドラマ化された『名探偵エルキュール・ポアロ』は殆ど観たが、それも複数回楽しませてもらったが、ポアロ・シリーズが秀逸なのは、単に名探偵が難解な事件のパズルを解いてゆくミステリー小説の醍醐味だけにあるのではない。事件を解決した直後に、ポアロと登場人物が人生の深みを述懐するシーンがさりげなく挿入されているが、この場面にはホロリとさせられるものが多い。ドラマの主人公ポアロを通じてアガサ・クリスティの人生観がさりげなく表現されているといっていい。

 TVドラマの最終回『カーテン(Curtain: Poirot’s Last Case)』は、ポアロ・シリーズの完結編で、数々の殺人の真実を暴いてきた名探偵ポアロの役割の「幕」として、ポアロが連続殺人鬼を突き止めて「一殺多生」の決断をして連続殺人に終止符を打つという「幕」に、ポアロ自身が老衰で死亡するという「幕」が重なるシナリオになっている。さらに『カーテン』は、半世紀(1924-1975)にわたって書き続けてきたアガサ・クリスティのミステリー小説の「幕」として綴られたのである。

 二つの世界大戦の時代を生き抜いたアガサ・クリスティの人生の幕がどういうものであったのかは、本人以外には知る由もないが、ポアロ・シリーズの読者、ドラマの視聴者は、自分の人生と重ねて「ポアロの幕」を吟味することができ、余韻を味わうのである。