7/20参議院議員選挙(総括)
7月20日に参議院議員選挙が行われた。自民党は大敗した。戦後政党である自民党、公明党、共産党が大きく議席を減らし、国民民主党、参政党が躍進した。自公与党の議席は、選挙前の141から122に大幅に減少し、過半数125を割り込んで少数与党となった。

選挙前と選挙後の議席の推移をみると、政党が見事に三つのグループに分かれたことが注目される。即ち、衰退した党、躍進した党、低迷した党の三つである。
・衰退した党:自民党(-13)、公明党(-6)、共産党(-4)
・躍進した党:国民民主党(+13)、参政党(+13)
・低迷した党:立憲民主党(±0)、維新の会(+1)、他
この事実はどう理解すればいいのだろうか。以下に順を追って考察する。まず国民の審判は、以下の三点に要約できる。
第一は、石破政権及び自民党に対する失望である。参議院選挙で衆目を集めたのは消費税減税を巡る与野党の対立だったのだが、実体は石破政権に対する信任/不信任だった。石破総理に対する国民の失望と怒りが沸騰していたからだ。しかし石破茂という人物を総理大臣に選んだのは自民党であるから、好き嫌いによる反射的な投票を無視すれば、真の争点は自民党政治に対する信認/不信任の選挙だったことになる。
第二は、自民党、公明党、共産党という戦後政治に長く関与してきた古い政党に対する審判である。つまり国際環境が激変しているというのに、戦後政治を引きずったまま現状維持を続けてきた古い政党の怠慢に対する拒否反応があった。
そして第三は、二つの失望に対する反動としての、新しい政党に対する期待の現われである。以下に掘り下げて論じる。
自民党の敗因
自民党並びに戦後政党の敗因を具体的に整理すると、次のとおりである。
第一に、「国民の不安」を払拭できなかったことだ。ここで「国民の不安」は四点に集約できる。即ち、①物価高による生活不安、②少子化・年金に対する将来不安、③外国人に対する不安、④国際情勢の激変を踏まえた安全保障不安だ。(産経7/21参照)
第二に、重要なテーマについて保守層の期待に応えなかったことだ。即ち、①憲法改正は何ら進展がなかった、②安定的皇位継承については結論を先送りした、その一方で、③選択的夫婦別姓を推進するような姿勢を見せた。これで自民党がもはや保守政党ではないことが明らかになった。
保守系の民間団体である日本会議(谷口智彦会長)は、7月24日に参議院選挙について見解を発表している。それによると、「自民党は近年、憲法改正や男系の皇統護持など国柄に関わる重大事件に対してすら、支持層に明確な姿勢を示すことができなかった」として、「与党の過半数割れは現在のリベラル化した自民党に対し保守層がノーを突き付けた結果だ」と指摘している。(産経7/25参照)
敗因について更に考察を加えよう。敗因は石破首相の言動に対する国民の怒りと、自民党の政策に対する失望の二層として捉えると分かり易い。象徴的な例を四つ挙げて説明する。
第一は、消費税減税を巡る答弁である。「失われた30年」にはさまざまな原因があるが、主たる責任は経済成長よりも財政健全化を優先してきた自民党にある。その象徴が「失われた30年」の間に実施された消費税の増税(5%→8%→10%)だった。「増税は好景気の時に実施し、不景気になったら減税する」のは先進国に共通する経済政策の基本である筈だが、自民党は減税らしい減税をしたことがない。その結果が「失われた30年」だったのだ。(資料1参照)
野党が異口同音に「消費税減税」を主張したにも拘わらず、石破首相と森山幹事長が断固としてそれを拒否した姿勢は、「失われた30年を40年にするつもりか」という程の国民の怒りを招いたと言ってよい。
第二は、戦後80年間全く進展しなかった憲法改正に対する責任である。自民党にとって憲法改正は結党以来の党是だった筈だが、現実はいつの間にか自民党こそが憲法改正を足踏みさせている最大勢力となった。安倍総理が主張していた「戦後レジームからの脱却」を推進するのが自民党の使命だと期待してきたが、実際には自民党は現状維持の政党となって、「進化を忘れたゾンビ政党」と化した。(資料2参照)
そして第三は、応援演説で飛び出した石破首相のトランプ政権に対する「なめられてたまるか」発言である。この一言で、「この人物はガキ大将レベルなのだ」という失望が確定的になった。(資料3参照)
第四は、中国が如何に挑発的な行動をしようとも、「黙して抗議せず」の対中姿勢である。国民目線からみれば、「高圧的ではあれ、交渉をしているに過ぎないトランプ大統領に対して啖呵を切るのであれば、理不尽な行動オンパレードの中国に対して毅然と対処してみせよ」という心理が投票に少なからぬ影響を与えたことを軽視すべきではない。保守層からすれば、「親中トリオ」と称される石破首相、林官房長官、岩屋外務大臣の対中姿勢は看過できないものであった。(資料4参照)
前中国大使を務め、中国に対し毅然と対処してきた垂秀夫氏が自民党で議員を前に講演し、次のように述べたという。誠にその通りだと思う。
<国家の外交上、一番大事なことは米国と中国だ。米国は言うまでもないが、なぜ中国に行かないのですか。中国を良く視察した上で、日本の主張をしっかり伝えるべきだ。遠く離れた日本で、中国はけしからんと吠えても、中国は何も変わらない。もちろん中国の主張を唯々諾々と受け入れるだけなら訪中しない方がいい。>(資料5参照)
石破首相vs自民党vs国民、問題の構図
7月23日に自民党本部で石破首相と三人の首相経験者の会談が行われた。石破首相は会談後の記者会見で「私の出処進退について一切話は出ていない」と言い切ったが、25日の産経紙面によれば、三人の首相経験者はそれぞれ次のように発言していたことが明らかとなった。
・麻生氏:「石破自民党では選挙に勝てないことが明らかとなった」
・岸田氏:「政権をどうするのかをハッキリ言わないと党はもたない」
・菅氏:「党の分裂はまずいよね」
三人の発言は何れもが、問題を「石破首相vs自民党」の構図として捉えている点に注目してほしい。自民党に陣取ってお手並み拝見をしてきた領袖が、現役首相の責任を追及している構図である。
しかし「現在世界は歴史の転換点に立っている」という視座から眺めれば、三人の発言は問題の本質を外していることが明らかだ。それだけでなく自民党が抱える深刻な病巣を浮かび上がらせている。つまり国民目線から眺めれば、問題の本質は「石破首相vs自民党」の構図に潜むのではなく、「自民党vs国民」の構図にあるからだ。
補足しよう。激変している国際情勢の波がやがて東アジアにも押し寄せようとしているにも関わらず、自民党は未だに抜本的な対策を講じていない。昨年の衆議院選挙、都議会選挙、今回の参議院選挙において、自民党を支持してきた保守層が自民党に決別したことの意味は、自民党は既に保守政党ではなく、今後も保守に戻ることはないと見切ったことを意味している。明日起きるかもしれない有事事態に対して何も行動を起こさない「ゾンビ政党」となったことを見抜いたのである。
戦後政治のまま進化を怠った自民党
元内閣官房参与で安倍元首相のスピーチライターを務めた谷口智彦氏が、戦後から現在に至る自民党政治を俯瞰した示唆に富んだ記事を書いている。以下に要点を紹介する。(資料6参照)
<自民党は「大テント党」だった。右も多少の左も同居していた。ただしテントを支えていたのは安倍晋三という一つの柱だった。そして安倍氏が居なくなった。(安倍派の幹部という)細いステーが辛うじて支えていたのだが、岸田が根こそぎ取っ払った。そして7月20日の参院選の開票と共に、テントが吹き飛び幕屋が倒れる音を聞いた。>
とてもリアルな描写である。続いて戦後政治において自民党が果たした役割については、次のように描写している。
<自民党は70年前に誕生した。ソ連の工作による共産化の中、自民党だけは反共を掲げた。日米安保体制堅持を主張するのがいかほど不体裁でも、岸信介が奮闘した。私有財産制と日米安保護持にさえ誓いを立てれば、一切構わず自民党は受け容れて大テント党になった。全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる話は当面封印しておくことにした。かくして全国民が総自民党になったような時代となった。後に露中の共産主義独裁の隣国が超大国となり軍拡を続ける事態が到来することなど、誰も想定しない無邪気な時代だった。>
更に左派に対しては、次のようにその欺瞞性を指摘している。
<左派は往時と違って資本制を否定せず、日米安保も渋々受け入れる一方で、凡そナショナルなものは憎悪の対象とする。従って、軍備増強を急ぐ中国に対しては文句を言わない。何故なら真剣に対峙しようとすれば、自らをナショナルな存在に変えなければならないからだ。>
最後に参議院選挙後の自民党については、次のように展望する。
<参議院選挙をもって自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか、去ろうとしている今、大テント党はどこに向かうのか?国際情勢は激動しており、日本の進路を明確に示す政治家が出現しない限り、有権者の不満は鬱積する。>
自民党が安倍氏が辛うじて支えてきた大テント党だったことに思考が及ばない岸田・石破両首相は、その自覚がないままに大テント党を潰す役割を演じている。「このままでは自民党が持たない」と憂う政治家諸氏は、大テント党が崩壊する宿命にあることを理解しておらず、崩壊が既に始まっていることに気付いていない。戦後80年を迎え大テント党の役割は終わったのだ。本質原因は石破氏個人にあらず、保守の矜持を忘れ進化を拒んできた自民党にある。
戦後政治の終焉
このように俯瞰してみると、自民党の大敗は必然の帰結だったことが分かる。カーチス名誉教授が述べたように、「トランプ大統領が就任した今年1月20日は、米国中心の世界秩序も日本の戦後も終わった」のであり、現代の政治には「世界は今歴史の転換点に立っている」という認識が不可欠となったのである。では「日本の戦後が終わる」とは、一体どういうことだろうか?
アメリカ覇権の時代が終わりつつある国際動向の中で、トランプ大統領は、MAGAと関係が薄い戦争や紛争から手を引こうとしている。ロシアの脅威増大に対しNATOが結束を強め、アメリカの支援を何とかつなぎ留めようとする一方で、防衛費をGDP比5%にまで高めることで合意したことはその証左である。アメリカのこの動向は東アジアとて例外にはならない。中国や北朝鮮の脅威増大に対し、日本はアメリカとの同盟関係を維持する努力を怠らない一方で、「自分の国は自分で守る」防衛能力を強化し自立を高めてゆく他ない。「日本の戦後が終わる」とはそういうことである筈だ。
7月に来日したアメリカのコルビー防衛次官からGDP比3.5%の防衛費増強を要求されたことに対して、「日本の防衛費は日本が決める」と大見えを切った石破首相だったが、選挙を直前に控えた故の演技で済ますことはできない。
進化を忘れた政党は自民党だけではない。公明党、立憲民主党、共産党は自民党に負けず劣らず進化から取り残された政党である。今年は戦後80年であるというのに、進化を忘れた政党の議論には、「国際情勢の激変をどう認識するか、それに対し日本はどう対処するのか」についての論点がすっぽりと欠落している。
二つの国政選挙で保守層が訴えた声なき声は、一言で表現すれば、「戦後政治に終止符を打て。激変する国際情勢を生き残り、国益を追求し実行する政党に進化せよ。」ということだろう。難しい理屈は分からずとも、ウクライナ戦争が起き、イスラエル対イラン戦争が起き、アメリカと中国の間で既に冷戦が始まっていて、トランプ政権は世界を相手に高関税というディールを仕掛けている緊迫した情勢は、肌で感じることができるものだ。その情勢下で日本は如何に生き延びてゆくのかについて、「なめられてたまるか」と啖呵を切る気概があったなら、「その強い意思と強かな戦略を語ってみよ」というのが保守層の本音だった筈だ。
既に他の記事で述べてきたように、凡そ変化には、線形変化(Improvement)、非線形変化(Innovation)、不連続変化(Revolution)があるが、戦後政治が終わるという変化は、不連続な変化とならざるを得ないだろう。国際情勢が激変してゆくのに対して、自民党政権は憲法改正は固より、防衛費増強、核抑止力の保持などの重要テーマについて、何も手を打ってこなかったからだ。あるべき姿に対する現実のギャップは拡大の一途にあり、やがて革命的な変化が避けられない。
自民党内部にはこの危機を乗り越えるために一度下野したらという意見があるという。野党連合は早晩失敗するからまた出番が来るという戦術論だ。自民党にノーを突き付けた保守層が希求するのは戦後政治体制の解体であり、真の保守政党の登場である。いつぞやの民主党政権の誕生と崩壊と同じプロセスを辿ることはないと断言しておきたい。
明治維新に酷似する令和の維新
既成政党の凋落とは対照的に、今回の選挙で躍進を遂げたのは参政党と国民民主党だった。選挙に勝って議席を増やしたことは誠に喜ばしいことではあるが、自民党の凋落が深刻となった現在、これらの党に求められる最優先の使命は、ポスト戦後80年時代の政治を担う「国益ファースト」の保守の集団を結成することにある。
新しい歴史教科書をつくる会の顧問を務める藤岡信勝氏が、参政党躍進の勝因について以下のように解説していることは興味深い。(資料7参照)
<参政党が躍進した背景には、参政党候補者が共有する歴史観がある。参政党は「日本人ファースト」をスローガンに掲げたが、草の根の地域組織を持ち、他党とは比較にならない程、党員向けの勉強会を充実させている。日本の歴史に誇りを持つ歴史観をバックボーンとしているが故に、候補者の演説には単なる話術ではない真実さと深さが伴っている。>
振り返ってみると明治維新は、日本が中世から近代に向かう大転換だった。明治維新で起きた変化を簡潔に描写してみれば、例えば次のようになるだろう。
①当時の国際情勢は、植民地化を争う西欧列強が日本に押し寄せた時代であり、
②未だ封建社会にあって、情勢の激変に巧く対応できない徳川幕府に対し、
③危機感を抱いた西国雄藩の下級武士たちが決起して市民革命を起こし、
④封建社会から議会制民主主義・資本主義へと政治形態の大転換が起きた。
昨年の衆議院選挙、今回の参議院選挙を同じ文脈で描写すれば、以下のように明治維新と酷似していることが分かる。
①現在の国際情勢は、アメリカ覇権体制から多極化へと向かう激変の時代であり、
②未だ戦後政治のままで、情勢の激変に巧く対応できない自民党政権に対し、
③危機感を抱いた保守層が不支持を表明し、参政党に象徴される若い政党が台頭し、
④戦後政治から「ポスト戦後80年時代」の政治への大転換が始まった。
政権をとれない小規模の政党が乱立する余裕は今の日本にはない。一方で短期間で急成長した政党には経験知がない。昨年の総裁選で石破茂氏に投票しなかった反リベラルの自民党議員が持つ経験知を取り込んで、幕末の薩長同盟のように一日も早いリアル・ポリティクスを担う保守政党が大同団結して真の保守政党となることを願いたい。
参照資料:
1.「森山裕自民党幹事長の≪消費税を守り抜く≫は国民にケンカを売っている、減税をポピュリズムと言う政治家たちの傲慢すぎる思考回路」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.2
2.「“護憲”に転じた自民vs不満爆発の高市氏」、尾中香尚里、JBPress、2025.5.22
3.「石破茂総理の≪なめられてたまるか≫発言が、トランプとの関税交渉をぶち壊す、これは日本外交史上に残る最大級の失言だ」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.12
4.「対中姿勢で国益損なうな」、産経「主張」、2025.7.15
5.「議員よ、中国で国益示せ」、垂秀夫、産経、2025.7.13
6.「参政党躍進の背景にある歴史観」、藤岡信勝、産経「正論」、2025.7.25
7.「自民≪大テント党≫瓦解のその先」、谷口智彦、産経「正論」、2025.7.24
