トランプ大統領の発言

 

 ジェラルド・カーチス、コロンビア大学名誉教授が「トランプ大統領が就任した今年1月20日をもって、米国中心の世界秩序は名実ともに終わった。同時に日本の戦後も終わった。日本の政治家はその事実を正面から受け止めていない。」と指摘した。(https://kobosikosaho.com/world/1392/) 

 政治家が戦後を終わらせるのを待つのではなく、国民が戦後を終わらせる政治家を選ぶ行動を起こさなければならない。政治を政治家に丸投げしてきた時代は終わったのだ。

NATO首脳会議

 トランプ大統領は6月25日にオランダで開催されたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議に出席した。この際、アメリカ軍がイランの核施設を攻撃したことについて、第2次世界大戦での広島と長崎への原爆投下になぞらえる発言を、1回目はルッテ事務総長との会談で、2回目は記者会見の場で繰り返した。トランプ大統領の発言は次のとおりである。

Trump on his strikes of Iran: “I don’t want to use an example of Hiroshima. I don’t want to use an example of Nagasaki, but that was essentially the same thing. That ended that war, this ended the war.”

 忠実に和訳すれば、次のとおりである。

 <広島や長崎の例を使いたくはないが、本質的に同じことだ。(広島・長崎への原爆投下)があの戦争を終わらせたように、(今回のイラン核施設への攻撃)が今回の戦争を終わらせたのだ。>

 トランプ大統領の発言はイランの核施設への攻撃を正当化するものだが、発言が問題なのは、広島・長崎に対するアメリカの原爆投下を改めて正当化することになる点だ。先の大戦において、「アメリカは戦争を終わらせるために核兵器を投下した」というのがアメリカの政治家に共通する<歴史認識>なのかもしれないが、そこには核兵器の使用を正当化しようとする意図と後ろめたさが見え隠れするのである。

 多数の無垢の市民を殺戮し生存者に対しても生涯にわたって塗炭の苦しみを与えた核兵器の使用は断じて正当化できるものではない。ルーズベルト大統領による執拗な挑発の結果、真珠湾攻撃に踏み切ったことが日本が犯した重大な歴史的誤りであったと同時に、原爆投下はアメリカが犯した歴史上の重大な誤りであり、かつ人道上の犯罪でさえある。しかもウクライナ戦争においてプーチン大統領が繰り返し核兵器の使用に言及したことを踏まえると、今回のトランプ大統領の発言が如何に軽率なものであったかは言うまでもない。

 「如何なる理由であれ、核兵器を二度と使用することがあってはならない」というのが日本政府の立場であり、そのメッセージを世界に繰り返し発信し続けることが歴史において日本が背負った役割である筈だ。そうであるならば、日本政府には「トランプ大統領の発言は不適切である」と明確に打ち消しておく責任がある。これは日本の戦後を巡る日米の外交戦であるだけでなく、ウクライナ戦争におけるロシアに対する外交戦の一環でもある。

 トランプ大統領の発言に対し、林芳正官房長官は「歴史的な事象に関する評価は専門家により議論されるべきものだ」として論評を避けた。政治の領域の問題を、歴史の評価の問題としてすり替えて政治家の責任から逃げたとしか言いようがない。政治家による誤った発言を打ち消すことができるのは政治家でしかない。これが大統領の発言である以上、国家と国民を代表して石破首相が是々非々で反論し、訂正しておかなければならない。

 もし同様の発言をロシアや中国及び北朝鮮の指導者がしたとしたら、果たして林官房長官は何とコメントしただろうか?「日本政府として、唯一の被爆国として大変遺憾である」という主旨の発言をしたのではないだろうか?もし相手によって対応がブレるとしたら、プリンシプル(行動原則・規範)がないことになる。政治家たるものは、相手が誰であれ、プリンシプルに従って是々非々に政府としてのコメントを出し抗議しなければならない。

「政界十六夜」、世界に背を向ける首相は退場せよ

 産経新聞特別記者の石井聡氏は、6月26日の紙面で、アメリカによるイラン攻撃に関する石破政権の対応に疑問を呈している。要点を以下に紹介しよう。

 中東情勢で世界が緊迫している。それに対する日本政府の対応には不可解な点が多い。その一つを挙げれば、アメリカによるイランの核施設攻撃に対して見解を求められた石破首相は、「これから政府内で議論する」と先送りを認めたことだ。

 もう一つは、7月1日に予定されていた「日米の2+2」を日本側が見送っただけでなく、首相がNATO首脳会議への出席を見合わせるという、後ろ向きな外交判断が相次いだことだ。何よりも中東情勢で世界が緊迫しているときに、欧米首脳と直接意思疎通を図る機会を自ら放棄するなど、目が点になる思いだ。外交が不得手なために逃げ回っているのだとすれば、参院選の結果を待たずに職を辞してもらうことが日本の国益だ。誠にその通りである。

「正論」、核不拡散妨げる現実に目向けよ

 内閣官房副長官補として安倍政権を支えた兼原信克氏が、6月26日の産経紙面にアメリカが行ったイランの核施設攻撃について寄稿している。とても重要な点を指摘しているので、要点を紹介したい。

 今回イスラエルとアメリカはイランの核保有を容認しないとの姿勢を貫いて、軍事力を行使してイランの核施設を破壊した。一方第一次政権のとき、トランプ政権は同様に核兵器開発を急ぐ北朝鮮に対しては融和政策をとった。「核兵器の拡散阻止という評価軸で考えたとき、果たして北朝鮮とイランに対するアメリカの対処の何れが正しかったのか」と兼原氏は問題提起している。

 イランの核施設攻撃に対する政府見解と同じ重みで、日本はこの問いにプリンシプルをもって答える必要がある。何故なら、日本は北朝鮮の核保有阻止をアメリカに一任してきたのであり、その結果北朝鮮の核保有阻止に失敗し、日本は日本海を挟んで露中に加えて北朝鮮という核保有国と向かい合うことになったからだ。

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