検証:戦後80年の予算案

プロローグ

 昨年末に、令和7年度予算案が閣議決定された。R7年は戦後80年、昭和100年の大きな節目の年である。特にトランプ氏が1月20日に再び大統領に就任すると、膠着状態にある国際情勢が一斉に動き出す展開になることが予想される。

 『トランプ氏は誰と何と戦っているのか?』で書いたように、トランプ次期大統領は4年の間に次の三つの戦いを挑もうとしている。

 第一(国内)の戦い:民主党・左派・DS集団に対して「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦い (※DS: Deep State)

 第二(国際社会)の戦い:グローバリズム、中露イラン等の専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦い

 第三(NATO及び同盟国)の戦い:アメリカ1強の時代に、世界の「3K」の任務をアメリカに委ねてきたNATOや日本等の同盟国に対して、「平和と繁栄を望むのであれば応分の負担をし役割を担え、それが嫌ならNATOから脱退し米軍基地を引き払う」という戦い (※3K:きつい、汚い、危険)

 政治家は幾ら美しい言葉で未来を語っても、それを本気で実現しようとすれば予算に盛り込まなければならない。果たしてR7予算には、戦後80年以降日本はどういう国を目指すのか、国際社会が抱える課題に対し日本はどのような役割を担うのかという、大きな命題に対する布石が盛り込まれているだろうか。

 R7予算案が閣議決定されたのは12月27日のことである。予算案に対する評価は大手新聞が報じているので、それを参照していただくとして、ここでは主として12月29日の産経新聞記事を参照して、大局的な視点から予算案を検証してみたい。

編成方針について

 はじめに財務省が「R7年度予算のポイント」を公表しているのでそこから始めよう。(資料1参照)  

 資料1の冒頭には「R6経済対策・補正予算と合わせて、賃上げと投資がけん引する成長型経済へ移行するための予算」と明記されている。一方「経済再生と財政健全化の両立」という項目には、「経済・物価動向に配慮しつつ、重要政策課題に対応する中で、財政健全化を着実に推進」と明記されている。

 細部の数値を見ずとも、この文言を読むだけで「これでは強力な外部要因が働かない限り、2025年度に日本がデフレ脱却を高らかに宣言する日は到来しない」ことを確信する。そう断言する理由は二つある。

 第一は、経済成長を取り戻すことと財政再建は二律背反の関係にあり、同時には実現できないということだ。「二兎を追うもの一兎をも得ず」の喩えどおり、二兎を追えば何れもが中途半端な結果となる。正しい認識は、経済成長を取り戻すことが最優先命題であり、財政健全化は経済成長が力強く動き出した後の命題だということだ。つまり編成方針には「経済成長を最優先で実現するため、その目途が立つまで財政健全化は棚上げする。」と明記すべきだったのだ。

 第二は、歴代の政権が「経済成長と財政再建」の二兎を追ってきた結果が「失われた30年」だったのであり、石破政権もまたこの本質を理解しないまま悪しき前例を繰り返す愚を犯そうとしていることだ。

予算規模と国債費の関係

 一般会計の総額と税収、国債費の数値を抜き出すと、次のとおりである。(☆過去最大)

 この表が示す要点を列挙すると次のとおりである。

  ①一般会計総額は前年度より3兆円増えて過去最大となった

  ②税収は前年度より大幅に8.8兆円(12.7%)増えて過去最大となった

  ③国債費は税収が増えたため、前年度より1.2兆円の増加に留まった

 産経は閣議決定したR7予算案について、12月28日に特集記事を組んで解説している。その中で、予算規模と国債費の関係について以下のように分析している。

 <R7予算案の規模を拡大させた要因の一つが国債費の膨張だ。金利のある世界が戻り、利払い負担が重くなっていることが響いている。・・・日銀の金融政策の正常化に伴い、財政運営も転換点を迎えている。>

これでは日本経済は2025年も復活できない

 エコノミストの村上尚巳氏は『石破政権では日本経済は2025年も復活できない』と題した12月24日の記事で、次のように分析している。(資料2参照)

 <改めて2024年を振り返ると、世界経済・金融市場の状況は悪くなかった。だが複数の主要先進国で政権交代が起きて、政治情勢は大きく変化した。多くの国で家計の生活水準が高まっていないことへの不満が、政権交代などの政治変革をもたらした大きな要因だった。>

 <日本経済の復活を妨げている大きな要因は、保守的な財政政策が続いていることである。このため財政政策が不十分だったが故に世論の支持を失い、岸田政権は退陣を余儀なくされた。石破政権は同様の財政政策を続けるとみられ、このままでは2025年の日本経済には引き続き期待できないだろう。>

 石破政権が如何に自画自賛しようとも、R7年度予算案には目立ったトップダウンによる戦略の反映というべきものが見当たらない。政府や与党が幾ら成果を主張しても、「従来の枠組みの中で作られ、従来の利害関係者の中で調整を重ねた妥協の産物である」ことが明白である。これでは変わりようがない。

 日経は12月30日の記事で、先進国における国債費の増大動向について紹介している。

 <先進国の政府債務が拡大してきた。日米英やユーロ圏など7ヵ国・地域による2024年の国債の純発行額は2.8兆ドル(約440兆円)と前年より6割増加する。2025年もほぼ同水準の見込み。先進国による国債純発行額の拡大は財政支出の膨張と、中央銀行の買い入れ縮小によるものだ。>

 産経は12月28日の『G7不安な越年』と題した記事で、主要先進国の政情不安について次のように解説している。

 <G7は今年、欧州、カナダで各国政権が弱体化し不安な年越しを迎えることとなった。カナダではトルドー首相が退陣の危機に直面している。フランスではマクロン大統領の指導力低下が止まらない。ドイツは2月に総選挙を控えており、ショルツ首相の中道左派、社会民主党は支持率が14%に落ち込み、政権交代が確実視される。>

 これらの記事が指摘していることは、経済成長が低迷すれば国民生活は貧しくなり、国民生活が貧しくなればやがて政権が潰れるということだ。石破政権は大丈夫かという懸念の表明と見て取れる。

日本経済は歴史的に見て異常(ジム・ロジャーズの視点)

 世界三大投資家の一人と称されるジム・ロジャーズが、『日本経済は歴史的に見て異常』と題した記事の中で、次のように指摘している。(資料3参照)

 <日銀の金融政策が間違っていたのは、(超低金利政策を)長期間にわたって続けてきた点である。・・・特にお金を生み出す生産年齢が減っていることに加え、財政赤字は増え続けている。この二つが同時に起きている日本は致命的としか言いようがない。>

 ジム・ロジャーズの指摘は、日本は「失われた30年」と人口減少というダブルパンチで衰退モードに入っているという現実である。但し移民によって人口が増加しているアメリカを例外とすれば、人口減少は先進国共通の動向である。従って、問題の本質は「30年以上もの長期にわたって経済が低迷してきた」ことに帰着する。しかも経済の長期低迷の結果、国民の貧困化が進んだことが人口減少を促進した要因でもあることだ。

 では「失われた30年」の原因は何だったのか?前項の村上尚巳氏の言葉を借りれば、「保守的な財政政策が続いている」ことにある。ハッキリ言えば「経済成長を促進する財政出動と、財政規律を取り戻す緊縮財政」という二律背反の命題を予算案に併記し続けてきた財政政策にある。かつて安倍元総理が片方ではアベノミクスを推進しながら、二度にわたって消費税を増税したことがその象徴的な事例である。消費税増税が野田政権の時の与野党合意であったとしても、国民目線からみれば、そんな理不尽な合意は堂々と撤回して欲しかったのだ。

 つまり「失われた30年」は、長期間に及ぶ財政政策の失敗がもたらした結果であって、国家の貧困化を招いた政治家の責任は極めて重大という他ない。何故そういう失敗を犯したのか、その理由は政治家の二つの大きな理解不足に由来していると思われる。

 その一つは、政治家の大多数が、予算編成における達成命題として「経済成長と財政健全化」が二律背反の関係にあることを理解していないと思われることだ。

 もう一つは、国際社会における国力の源は偏に経済力であり、安全保障、社会保障、人口減少等のあらゆる国の課題を解決するためには、強い経済力を保持していることが何よりも重要なのだという認識が薄弱と思われることだ。

 さらに政治家の理解以上に重要な問題点があることを指摘しておきたい。それは長期間にわたって財政政策を転換できなかったのは何故かということだ。それは予算編成の枠組みとプロセスが旧態依然で時代のニーズに適っていないことにある。どういうことか。官僚側と政治家側の二つの側面から考えてみたい。

 まず官僚側の問題は、財務省が「骨太の方針」のシナリオを作り、それを踏まえて各省庁が概算要求を作成し、財務省と個別折衝して予算案を作り込んでゆくプロセスにある。次に政治家側の問題は、自民党の税制調査会が主導権を握って、党内調整、大臣折衝、野党調整を重ねてゆくプロセスにある。

 この予算編成のプロセスを踏む限り、予算は前年度実績を下敷きとする各省案の積み上げとなり、財務省主導となることが避けられない。一言で評すれば「ボトムアップの調整型」方式であり、これでは前年度実績の延長線での予算しか生まれようがない。

 これに対してアメリカでは、トランプ氏一流のディール(取引)という側面があるものの、トランプ氏は大統領選の段階から、「中国製品の流入を止める一方で、エネルギーはどんどん掘り出し、国内に産業を取り戻す」という戦略的な方針を打ち出しており、それを評価し支持した有権者が次の大統領として選任し、それに基づいて予算が作られるという手順を踏んでいる。

 日米の違いを一言で評すれば、アメリカはトップダウンの戦略型であるのに対して、日本は誰が総理大臣になろうが、財務省主導のボトムアップの調整型であることは変わらない。「日本にも強力なDSが存在する、それは財務省だ」と言われるようになった理由がここにある。戦後80年という歴史的な転換点において戦略発想の政策が必要なのだが、終始調整型でやってきた自公連立政権には望むべくもない。

財政赤字の問題

 ジム・ロジャーズに指摘されるまでもなく、財政赤字が増大した背景にはグローバリズムと少子高齢化社会が進んだことがある。まずグローバリズムの進展によって企業が生産拠点を中国他へ移したこと、日用品や家電製品などの大半が中国製品となったこと、付加価値の高い商品を除き世界との低価格競争を強いられたことだ。これらは全てGDP抑制圧力として作用した。

 他一つは少子高齢化社会が到来して、少子化対策を含めて社会保障費が年々増大(即ち歳出の増加)したことだ。つまりGDPが低迷し税収が減少する一方で、歳出は増大することが同時進行したのだった。グローバリズムという世界の動向、少子高齢化という日本の動向に「失われた30年」という政策ミスが重なり、日本はデフレ脱却に失敗しGDPが低迷したのである。

 トランプ次期大統領は民主党政権が推進してきたグローバリズムの流れを反転させて、アメリカに産業を取り戻そうとしている。アメリカには豊富なエネルギー資源があり、安価なエネルギーをいつでも実現できる強みがある。日本はそのような魔法のカードは持ち合わせていない。それ故に、トランプ第二期政権の4年間に起きるであろう国際情勢の変化に対処するために、「失われた30年」からの一日でも早い脱却が最重要命題となるのである。

 経済評論家の塚崎公義氏が『日本の財政赤字1100兆円超えの現状に戦慄も』の中で、巨額の財政赤字について次のように書いている。(資料4参照)

 <(財政赤字が巨額だからと言って)、日本政府が破産する可能性は低い。政府でも企業でも、破産するのは借金が多いからではなく、資金繰りがつかなくなるからだ。投資家にとっては日本国債が最も安全な資産であるに変わりはない。>

 <もう一つは、財政赤字は子孫に借金を払わせる世代間不公平だというのは視野が狭い考え方だ。>

 補足すれば次のとおりである。米国と異なり日本国債の大半は国内の投資家が保有していて、政府の債務=国民の資産であるから、貸借対照表としてみれば何も問題はないということだ。同様に子孫には財政赤字という負債だけでなく、ほぼ同額の国債という資産を遺産として申し送るのであるから、世代間不公平にはならないということだ。

 <少子高齢化による労働力希少が進んで、景気が良い時は労働力が超希少に、景気が悪くても労働力が少し希少という時代になれば失業を気にせずに増税できる。さらに少子高齢化の結果、労働力希少によって賃金が上がるとインフレのリスクが高まるので、増税は財政再建とインフレ予防の一石二鳥の政策として歓迎される。>

 つまり政府には負債だけに眼を奪われて右往左往せずに、堂々と戦略指向に立って大きな政策を打って経済の流れを転換し、戦後体制からの転換を大胆に推進してもらいたいということだ。これこそが石破政権に対し国民が希求していることであり、そのためには財務省主導の「ボトムアップの調整型」の予算編成という旧態依然の枠組みとプロセスを正さなければならない。

財政再建

 同時にジム・ロジャーズは資料3の末尾で、マーガレット・サッチャーが英国病から英国を救い出したエピソードを紹介している。

 <WW2後の1960-70年代にかけて、長期間経済が停滞したイギリスは英国病と言われた。この危機を救ったのが1979年に首相に就任したマーガレット・サッチャーだった。サッチャーは政策を転換し、小さな政府を掲げ、国営企業を民営化するなどして歳出を削減し、さらに北海油田を開発して復活を遂げていった。>

 人口減少・高齢化社会の動向下で、社会保障費の増加が不可避である以上、財政赤字をGDP比で減少させるには、経済成長路線に戻して、経済成長による税収を増やして国債費を減少させる他ない。そして経済成長を取り戻すには、賃金を上げるだけでは不十分で、次世代の成長産業の創出を含めて産業の国内回帰を推進しなければならない。これはサプライチェーンの安全保障問題でもある。

 日本はゼロ金利政策を30年間も続けたが、円キャリー・トレードによって円売りドル買いが進み、潤沢なドル資金が中国とアメリカに流れ込んだ。そして両国のGDP増大に貢献しバブル膨張の一因にもなった。つまり日銀が金融緩和策で生み題した資金は日本に投資されなかったためにデフレ脱却は実現しなかったのである。政策の評価はそれがもたらした現実が如実に物語っているとすれば、金融政策の失敗だったという他ない。

 簡単な数学を駆使するだけで分かることだが、もし年2%のGDP成長が35年間継続していたなら、1.02×1.02×・・・(35回かける)=1.02の35乗=1.9999となり、GDPは2倍になっていたことが分かる。年1% の経済成長でもGDPは42%増大していたのである。

 もしGDPが2倍になっていたなら、単純計算でも税収は2倍相当になり、債務残高のGDP比は半減していたことになる。それだけではない。税収が増えれば新規国債発行は自ずと減少した筈だ。さらに堅調な経済成長があれば国民生活は豊かになり、可処分所得が増えた結果、税収はさらに増大が見込めた筈である。

 「失われた30年」を経済の負(貧困化)のループとするなら、「失われた30年」からの脱出は、経済の正(繁栄)のループへ財政政策を転換することに他ならない。

 サッチャーはこの大転換をやってみせたのだった。歴代の総理大臣は予算編成を自画自賛するが、「失われた30年」という現実こそが、その客観的な評価である筈だ。R7予算案に国民が希求することは、負のループを正のループへ転換する強い意思と施策を反映して欲しいということである。

 そのためには現在の予算編成の枠組みとプロセスを正さなければならない。このプロセスを経る限り、戦略的な発想は登場しない。否、戦略発想がないから、財務省ベースの代わり映えのしない予算編成にしかならないというのが現実なのだろう。財務省が主導権を握る限り、何か新しい戦略的な予算を組もうとすれば、財務省や税制調査会は「財源はどうするのだ」というお決まりの脅し文句を突き付けることになり、新規の投資はどんどん削減されてゆくからだ。

 政策の評価は、その政策がもたらした結果を見れば一目瞭然である。同様に、日本が直面する危機と課題に対する政権の本気度は、予算案に戦略思考の意思と決意が反映されているかどうかを見れば分かる。そして言うまでもなく、戦後80年の最重要課題の一つは、安倍元総理が掲げた「戦後レジームからの脱却」以外にない。しかもトランプ第二期政権4年間の間に方向付けする必要があるのだ。

参照資料:

資料1:R7予算のポイント(内閣府公表)https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2025/seifuan2025/01.pdf

資料2:「石破政権では日本経済は2025年も復活できない」、村上尚巳、東洋経済OL、12/24

資料3:「日本経済は歴史的に見て異常」、ジム・ロジャーズ、東洋経済OL、12/15

資料4:「日本の財政赤字1,100兆円超えの現状に戦慄も」、篠崎公義、The Gold OL、12/14

One comment on “検証:戦後80年の予算案

  1. 日本はバブル崩壊後、社会でお金が回らなくなったにもかかわらず、財務省の財政健全化政策により、更に経済が縮小し、30年もデフレから脱却出来なかった。諸悪の根源は、財務省内の悪しき伝統で、国家・国民のための財政政策ではなく、国民をだましいかに税金を取るか、そしてその税金を自分たちの天下り先に、国民に分らないように振り分けるかに知恵を絞ってきたように感じます。財務省のキャリアは東京大学法学部出身者がほとんどで、財政・経済の専門家ではありません。木内さんのおっしゃるとおり、まずは強い経済を再生させることが第一です。そのため必要なら国債を発行するのを躊躇してはいけないと思います。

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